04-07



 閑古鳥は何処へ。

 これまでに経験したことのない数の人がいま、我が手助けクラブの部室にいる。……と言っても4人だが。画面越しでそれを見ている俺を除いて。


 女三人寄れば姦しいとは言ったものだが、今回はそうもいかない。がやがやとした喧騒はまるでなく、代わりにじっとりと重くのしかかるような静寂が部室を包んでいて、それは携帯端末の画面越しでも感じられた。


 画面から視線を外し窓の外に目をやれば、先程干した洗濯物が風になびいて揺れている。つい先程干したばかりだというのに、殺人的な日射によってすでに乾いたようだ。虫も鳴かないその静寂の重さとは裏腹に、軽やかにその身を踊らせている。


 ミレイに了承を取ったうえで、ミレイの母のことをサイカワとネコタニに話した。あまり多数の人間に言いふらして欲しいものではないが、そうは言っても現状なかなか進展は得られていないため、捜索に協力してくれそうな人は多いに越したことはない、という判断のようだった。


 ミレイの母が失踪したこと。

 手がかりが得られそうな物理空間のシノノメでは、得体のしれない工場があったこと。

 そしてそれがノアボックスのものであったこと。


 然しものネコタニも黙ってミレイの話を聞いていた。

 サイカワは眉間に皺を寄せて目を瞑っていた。


「……それで、あの日のあと、あの工場について家族の人とお話できた? ミレイちゃん」


 ヒカリが今日の本題に触れる。

 ミレイは少しだけ、苦虫を噛み潰したような顔をして、答えた。


「…………ええ。……けど、何の手掛かりも得られなかったわ」


 ……なぜだろう。あの工場で見たロゴはたしかにノアボックスのものだったはずだ。それならば――ミレイは知らなかったが――ノアボックス内部の人間があの工場について知らない方がおかしいはずなのだ。


「あの日、家に帰ったら、珍しくお父さんが早く帰ってきたの。だからすぐにあの工場について問い詰めたわ。だけど、『明日話す』とだけ言って会話を止められてしまって…………その次の日からはお父さん、家に帰ってきていないの」


 ……え? それって……。


「……その、なんだ。ご家族の方を悪く言うようで心苦しいのだが……」


 ――ミレイのお父さんは、工場について知っていて、工場に関する何かを隠している。

 言葉の続きを言いかけて、本当に言っていいか悩んでしまった。

 けど、ミレイは自分で状況を正しく理解していた。


「ううん、構わないわ。私のお父さんはあの工場のことを知っているに違いない。そして、娘の私にすら知られたくない何かを隠している」



 部室内の空気がより一層、重くなった気がした。


 知られたくない何か。


 そんなはずはない。まさか。と思えば思うほど、あの童謡の、"あわれなおにのゆくすえ"の歌詞が頭をよぎる。



 静寂を破ったのはサイカワだった。


「今の話に関連しているかもしれないと少し気になることがあるのだけれど……サトル君。あのときのあの童謡の歌詞、引っかからないかい?」


 ……この男。言おうか言わないか悩んでいたところをどストレートに突っ込んで来ちゃったよ……。そういうところあるよな、こいつ。その話をするのは勝手だけど、少しはミレイの立場を考えてみなさいよ。


「……童謡? なにか、関係がありそうな情報を持っているの? サトル君」


 ミレイが食いつく。そりゃあそうだ、今のような話の展開のされ方であれば誰だって気になる。ましてや、今のミレイは母の失踪と父の隠蔽に惑わされている娘であって、疑心と混乱の境地にいるはず。状況を打破するためにはどんな情報だって欲しくなるに決まっている。……たとえそれが毒かもしれなくても。



 童謡"あわれなおにのゆくすえ"の歌詞のこと。

 その作者ゴメンマチ ノブコの著書のこと。

 それらと電脳空間ボックスの間で推測されうる――邪推の部類であることは承知の上で――関係性のこと。

 ワカクサの図書館で得た、童謡"あわれなおにのゆくすえ"に関する情報を共有した。



 ミレイは青ざめた顔で、信じられない、という表情をしていた。

 ひとしきり話が終わったあとのミレイはうつむいて、カタカタと震えている。その身を包んでいた厳かな冷気は身を潜め、そこにいるのは怯えるただのひとりの少女だった。


「……そ、そんな……まさか、いや、でも…………」


 震える声で小さくつぶやくミレイ。

 目には涙が溜まっているように見えた。


「……あくまで邪推だ。妄想の領域を出ない。…………だから、こんな話を今したくはなかった。……おい、サイカワ。何でもかんでも話しゃあ良いってもんでもないと俺は思うけどな」


 ひとりの少女を深く傷付けてしまったような感覚を覚えて、とても気分が悪かった。思わずサイカワに当たってしまった。


「……すまない。軽率だった。ミレイ君、申し訳ない」


 サイカワはミレイに対して向き直り深々と頭を下げた。


「……いえ、良いの。その情報は私が知る必要のある情報だったわ。知る機会をくれてありがとう」


 そう答えたミレイは目を瞑り、天を仰ぐように顔を上げたかと思えば、直後フッと短く息を吐いた。

 そして、ゆっくりと顔を正面に向けて、目を開けた。

 先程までと違って、目には力が宿っているように感じる。


「これまでの情報を総合すると、私の会社が何らかの秘密を保持していることに間違いはないと判断します。そしてそれは現社長のお父さんも知っていることで、つまり組織ぐるみの隠蔽の可能性を否定できません。多くのお客さんに利用いただいて、いまや人類の命運を委ねられている立場であるにも関わらず、ね。……次期社長を担う立場として看過できません。何を隠しているか、早急に調査します」


「そして、あくまで推測の域を出ませんが、件の工場のあったシノノメの名を呟いた翌日に失踪した点を勘案すれば、私のお母さんはシノノメの工場に関する秘密を知ってしまった結果、その秘密を知られると都合の悪い人の仕業かまたは自身での護衛のためか、いずれかの理由によりその行方をくらました、と考えても不思議ではありません」


「だとすれば、やはり、失踪の直前までお母さんが操作していたパソコンの中の情報になんとかアクセスして、パソコンの中にその秘密の情報がないかを探すことが、まず現時点で可能かつ即時実施すべきアクションかと思います」


 論理的で、ピシャリと流れるような物言いだった。

 震え怯えてしまうほどショッキングな話を聞いたはずなのに、もうすでに冷静さを取り戻していて、得た情報を適切に処理、判断している。

 さすが、上に立つものはそこいらの一般的な人間とは作りが違うのだろうか。なんというか、決めごととか次に取るべき行動の判断に対する思い切りの良さが違う。

 


 自分が同じような状況に置かれたときに、ミレイのような行動ができるだろうか。感情を排除し、どこまでも冷静に冷徹に無機質に、ある種機械のように、淡々と状況を整理し判断を下す。損失は可能な限り小さく、反して利益は最大となるように。

 自身の境遇をみれば、ミレイのそれより規模は遥かに小さいけれど、同じように組織の長になる時が来る。長は組織のために動かなければならない。時には冷酷な決断だって必要だろう。


 ……今はまだ、そうできる自信があるとは言えなかった。


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