04-06



「やぁ、意外と早かったね。使えそうなものは見つかったかい?」


 ガレージからリビングに戻ると、キザな男の芝居がかった声が携帯端末から聞こえてきた。


「ああ、なんとか一個だけな。他にも3つばかしあったが、どれも中身が開けられていたから、部品取りされたあとだと思う。完品はこれだけだ」


 そう告げながら1つの機械を携帯端末の内カメラに向ける。

 手のひらサイズの黒色の直方体。片端には目玉のように大きなレンズが付いている。直方体の片方の側面には手を通すためであろうベルトがついていて、反対側には羽根のように外に向かって開く機構部がある。機構部の内側は液晶となっていて、おそらくレンズを通して録画した映像を移すパネルなのだろう。羽根の外側の面の右上にはメーカー名であろう文字列が印字されているが、聞き馴染みのない名前だった。

 画面越しに、物珍しそうな表情で旧式のこの機械を見つめるサイカワを横目に、電源ボタンを押してみる。


 案の定、点かない。そりゃあそうだ、これを見たのは何年ぶりというレベルだ。バッテリーが切れているに決まっている。

 一緒に見つけた充電器の一端をハンディカムに、もう一端をコンセントに差し込んだ。同時に本体のオレンジ色の小さなランプが点いた。どうやら充電はできるようだ。



「そういえばネコタニはどうした?」


 見つけてきたハンディカムに一番騒がしく反応しそうな人間がいないことに気付き、サイカワに尋ねた。


「キミが戻ってくる直前に部屋を出ていったよ、お花を摘みに」


 なるほど、タイミングよく入れ違ったわけか。


「ほーん。ヒカリは?」


「まだ戻っていない。この部室棟は購買まで結構離れているからね……しかしそろそろ戻る頃だと思うよ」


 すぐ見つかったからガレージで探していた時間はそれほど長くなかったからな。ここから購買までは往復20分くらいはかかる。戻っていなくてもおかしくない。


 視界の端で、充電しているハンディカムのランプがオレンジ色から緑色に変わっていることに気付いた。


 え? もう充電終わったの? 

 いや、電源が入れられる程度まで充電できただけかな?

 しかし、旧い機械だからな。充電の繰り返しでバッテリーが劣化しているのかもしれない。満充電の容量が定格よりかなり減っていて、見かけ上速く充電できただけって可能性も……。だとしたら、バッテリーを別で持っていかないと長回しなんてできないじゃないか。荷物が増えるなぁ……。


 充電ケーブルを繋いだままハンディカムを持ち上げて、側面の羽根のような形状の液晶を開き、電源ボタンを押してみる。ピッという音の後、一瞬の間を置いて液晶が点いた。


「おっ、電源入った」


 思わず声が出てしまう。

 携帯端末の画面に目をやると、サイカワは部室の入口の方を見ていた。さすがにひとりで部室にいるのも飽きてきたのだろうか。こちらの声には気付いていたようで、ゆっくりとこちらを向いて、口を開く。


「良かったじゃないか。あとはちゃんと録画できるかどうかだね。いざ持って行って撮れなかったらネコタニ君が怒りそうだ。いま試しに録画してみたらどうだい?」


 ……ふむ。一理ある。

 今は電源が点いたにすぎない。あくまでファーストステップだ。録画ができないのであれば現場に持っていく意味がない。

 サイカワの助言に従って、試し撮りしてみるか。


 録画ボタンはすぐに見つかった。

 手を通すためであろうベルトが取り付いている側、ベルトに右手を通したときにちょうど親指が来るあたりにそのボタンはあった。気持ちばかりの長押しをすると、液晶の右上のあたりに"REC"のメッセージが出た。


 ……撮れてるのかな?

 もう少ししたら一旦録画を止めて、ちゃんと撮れてるか確認しなきゃな。



「画面上に"REC"マークが出たから撮れてるっぽいけど……後で要確認だな」


 サイカワに状況を共有する。

 返答はなかった。


 

 画面に映るサイカワの顔。

 無表情ながら、その口元は妖しく歪んでいるように見えた。

 

 

 ……なんだ?

 突如として現れた妙な間に戸惑いを隠せない。

 次に発する言葉をどう選ぼうか逡巡していると、底抜けに明るい声が部室の扉の方から響いてきた。


「ただいま! 遅くなってごめんね! 来る途中でミレイちゃんに会ったからそのまま一緒に来たよ! さ、座って、ミレイちゃん」


 買い物から戻ってきたヒカリの後ろに、氷のように冷ややかで厳かな空気をまとった女王が見えた。少しばかりやつれているように見える。


「こんにちは、サトル君。……あの日以来ね。…………こちらの方は……?」


 ミレイは応接セットの一番扉に近い側に座る男、サイカワに目を向けた。ヒカリと俺以外の人がこの部室に居たことが意外なようだった。……俺もそう思います、はい。


「これはこれは、随分と有名な人がいらしたものだね。僕はサイカワ。プログラミング部の部長さ。僕もこの前、この人たちに助けてもらってね。お礼をと思って立ち寄ったところさ」


 サイカワはスッと立ち上がると、ミレイの方に向き直り、仰々しく深々と頭を下げた。


「はじめまして。ミレイです。貴方も助けてもらったのね。私も……そう。だけどまだ少し相談があって今日はここへ来たの」



 ミレイも会釈を交えながら簡単な挨拶をしてみせる。ここへ来た理由は……少し言いにくそうに感じた。

 そりゃあそうだろう。母が居なくなってしまっている状況を、初めて会った人間に話すわけにはいかないだろう。ましてやミレイはノアボックスの社長令嬢だ。彼女に関連する事件なら、どんな小さな事件だって大スクープだ。妙な輩に嗅ぎつけられて、変に噂を流されても困るだろう。


 ……妙な輩。

 ちょっとまって。今にして思えば、彼女にこの件を聞かれるのはなんかまずい気がする。


「……あの、ミレイ。せっかく来てもらって悪いんだけど、例のことを相談するのは一旦待って、ほんの少しだけ席を外してもらった方がいい気がしていてだな……」


 自分で言ってて非常に心苦しい。

 ミレイも少しだけシュンとした顔になったように見えた。

 ヒカリは一瞬訝しげにこちらの顔を見たが、すぐに真意に気が付いたようで、周りをキョロキョロと見渡しはじめた。


「せっかく来てくれたのになんてこと言うんだ君は。話ぐらい聞いてやったって良いじゃないか。らしくないんじゃないか」


 俺の言葉が相当気に入らなかったらしく、サイカワが割って入ってくる。

 

 いや、わかってるよ、失礼な物言いだって。けど、今はそうしないと彼女が戻ってきてしまうだろう?


 余計なことを言うな、と言わんばかりにキッとサイカワを睨めつけるが、サイカワも同様にこちらを睨んでいる。


「あの、サトル君、今日は何かご都合がよろしくなかったかしら? お母さんの件、少し話したかったんだけど…………」


 ミレイが寂しそうな顔と声音で、問いかける。


 いや、俺としては全然問題ないんですけど、今はなんというかこう、問題児が近くに居てですね……。


 なんて事情を説明したら良いか考えあぐねていると、その思考を吹き飛ばすようなキンキン声が部室の入口の方から鼓膜を劈いた。


「すでにオニヅカ殿がいらしてたんですね! ていうかお母さんの件って何ですか!? えっ、もしかして事件ですか詳しく聞かせてください!」



 ……あちゃあ。

 少しだけ、ため息が出た。



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