畏怖

04-01



 手を伸ばした窓から熱を感じる。

 日に日に暑さを増す6月中旬、昼過ぎの日差しは全てを射抜くような鋭さで、その光を遮る全てをじりじりと焦がしている。


 よくもまぁこの暑さの中、自転車を漕ぎ続けたもんだよなぁ……。


 ベランダに出て洗濯物を干しながら、ワカクサへのを思い出す。その時は身体に照りつけた日差しから、フライパンの上のベーコンを連想したが、なかなか良い例えであったのではないだろうか。今だってたった数分しか外に出てないのに、日差しに曝されている肌が痛い。

 

 この洗濯物もあっという間にカラッカラに乾いてしまうんだろうな。生乾きよりはずっと良いけど。


 バサッと真っ白なバスタオルを煽り、シワを伸ばしてから物干し竿にかける。反射する光が眩しかった。

 少しだけ目を細めながらあと一枚、洗濯かごに残るバスタオルを手に取り、力いっぱい煽った。


――――――

 

 カラカラと音を鳴らす窓を後ろ手に閉める。

 洗濯かごを置きに脱衣所に向かった。冷房を置いていない脱衣所は、その隣の風呂から生じる湿気もあってか、サウナかと思うほどムッとした暑さで満たされていた。1秒でも早くその場から離れたくて、洗濯かごを投げるように置いて、リビングに戻った。



 ピロン!



 テーブルの上に置かれた携帯端末から新規メッセージの通知音が鳴った。

 これまでであれば、なんの疑いもなく、なんの迷いもなく端末を手に取り届いたメッセージを確認しただろう。だが、今はそういう気になれない。


 わかっている。

 昨日受け取った正体不明の発信者からの警告メッセージのせいだ。

 あんなもの、気に留めるに値しない迷惑メッセージだ。

 合理的に考えればそう判断するのが妥当だと理解しているが、胸の奥の方では何かが引っかかっていて、その合理的な判断を飲み込めていない。


 昨日のメッセージ。電話番号を使ったショートメールの形式で届いたそれは短い警告文だった。なんの飾り気もない機械的な文章がその異質さを際立たせていた。

 言わずもがな、発信元の電話番号は知らないものだった。ダメ元で検索してみたが、なにも引っかからなかった。


 俺の見知らぬ誰かが、俺の行動の何かを警告している。

 一体なにを警告していると言うのだろうか。


 ここ最近の行動に起因するのだろうか。

 だとしたら……だめだ、最近は色々なことがありすぎた。

 

 ノアボックスの社長令嬢、オニヅカ ミレイとの出会い。

 ミレイの母の行方不明。

 シノノメでの不気味な工場の発見。


 サイカワとの出会い。

 ゴメンマチ ノブコの著書および童謡の発掘。

 

 ……なんて密度だ。ちょっと濃すぎやしないだろうか。

 

 というか、あのメッセージが届くということは――考えたくはないが――俺の行動が監視されているということだ。

 

……一体誰が監視しているんだ? 


 新たに出会った人物が監視者である可能性を検討してみるが……考えにくいな。ミレイとサイカワがその候補だが、彼女らに俺を監視する動機があると思えない。

 俺を監視したところで、彼女らに有益になる情報が得られもしなければ、彼女らにとって不利益を生じうる状況を注視できるとも思えないからだ。

 彼女らの直近の依頼をベースに考えると、ミレイが欲しいと思われる情報は彼女の母に関するものだろう。とすれば、わざわざ監視せずとも直接聞けば良い。そのために連絡先を交換したのだし。サイカワに至っては、もう彼の依頼は解決済みで俺から得たい情報などもはや無いはずだ。


 だとすれば監視しているのはミレイ、サイカワ以外の人物。他に思い当たるのは……いや、わからん。

 ……ちょっと俺の交友関係狭すぎ……?



 ……まぁ、メッセージが届いたタイミングだけを考えると、ゴメンマチ ノブコが監視者にとってキーとなる情報なのだろう。彼女の著書および童謡について情報を得たその日に警告が飛んできたのだから。


 それほど知られるとまずい情報だったのだろうか。

 ……だとしたらそれは誰にとって不利益なのか。

 


 ――ノアボックス、か?



 ゴメンマチ ノブコの著書と「ボックス」との間に見られる電脳空間の運用形態の差。そして、それを揶揄したようなゴメンマチ ノブコの童謡「あわれなおにのゆくすえ」。

 これを不愉快に感じうるのは……。

 


 いや、あくまで推測に過ぎない。都合の良いストーリーを作り上げている可能性を否定できない。もっと確信に至るような証拠を得ないと、断定するには早すぎる。

 あの警告メッセージだってただの迷惑メッセージと考える方がよっぽど妥当だ。だとすれば今届いたメッセージだって――


 そう自分に言い聞かせて、意を決して携帯端末を手に取りその画面を見る。

 


 ヒカリからだった。

 ホッとしたような、なんだか力が抜けるような感覚を覚える。


 えぇと……


――

 さっきミレイちゃんと会って少し会話したんだけど、シノノメのことで後で部室に来るって!

――

 あとね、その後友達に会って、今日はその子と一緒に食堂で食べることになった! ごめんね、部室に着いたら電話する!

――

 

 ほう、ミレイに会えたんだな。

 後で話す、ということは、その場では話しきれないほどの情報を得たということだろうか。いや、もし周りに人が居たのなら、人目を避けるためという考えもあるかもしれない。

 いずれにせよ、今日、ミレイから何らかの進展について報告を得られるだろう。こちらで得た成果――ゴメンマチ ノブコの情報――も提供できるし。



 さて、今日は久々にひとりで昼飯を食べることになったな。

 安定と信頼のシンプルうどんにするか。

 

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