04-02



 ピリリリリリ!


 ベッドサイドに置いた携帯端末が鳴った。

 虫ですらその暑さに滅入って活動を潜める昼間、部屋の外にも静寂が広がっていて、唐突に鳴ったその電子音はどこまでも響くように感じた。


「応答を許可」


 ベッドから身体を上げて、無機質に応える。

 一瞬の間の後、画面が点くとともに聞き馴染んだ声が響く。

 ……ん? 隣に誰か居る?


 ミレイかと思ったが違かった。


「遅くなってごめんね! ちょっと話し込んじゃってさ!」


「これはこれは旦那様、恐縮ながら奥様をお借りしておりました! 久々に会話できるチャンスを得たのが嬉しくてつい話し込んでしまいまして」


「お、奥様…………悪くない響き…………って違う! そんなんじゃないから、ミキちゃん」


「ほほー? 冗談のつもりでしたが……結構満更でもなさそうですねぇ? いっそ記事にでもしちゃって既成事実化してしまいましょうか?」


「もう! やめてよぅ! あんまり意地悪するなら手伝ってあげないよ?」


「あやや、それは困ります! 失敬失敬」


 キンキンという表現がよく似合う甲高い声。鼓膜を劈くような声量で捲し立てるように話すものだから余計に頭に響く。

 一体どこからその大きさの声が出ているのかわからない、非常に小柄な彼女の名前はネコタニ ミキ。交友関係の狭い俺が知っている数少ない同級生だ。高校時代からのヒカリの友達である。以前、同じようにテレビ電話に割り込んできたのが印象に残っている。

 

「ん? なに手伝わせようとしてるんだネコタニ」


「いやぁ、悪いようにはしませんて、サトル殿。ちーとばかしヒカリさんの文章力が必要なだけでさぁ」


「新聞部だろうお前。記事はちゃんと自分で書いたらどうだ」


「私はスクープを取ってくる方が得意なものでして。取材とあらばゴシップ、サブカル、オカルト、何でもござれでございますよ」


「オカルトまで守備範囲かよ……新聞記者としては悪食が過ぎないか」


「部数が出ればそれで良かろう、が私のスタンスでしてね」


 その小顔に不釣り合いな、大きめの丸眼鏡をくいと上げながら彼女は答えた。左右に分けたおさげが揺れている。

 白いブラウスにブラウンのチェックスカートを着こなす彼女は、一見すれば髪型も相まって真面目な学生風な印象を受けるが、その中身は違う。数字のためならどんなことでも記事にする、我が大学きっての迷惑……失礼。敏腕新聞記者だ。


 ヒカリはニコニコと微笑んでいる……が、少しだけ苦笑いが滲んでいるようにも見える。久々に友達と会えて嬉しいが、その友達のなりふり構わない記者スタイルには少し困惑している、と言ったところだろうか。

 ヒカリはこのネコタニと結構仲が良く、ヒカリが俺以外の友達と過ごすときは大体ネコタニと一緒にいる。


 先の会話の通り、ネコタニは取材にかける情熱に溢れる一方でそこで得た情報を文章に落とし込むことが苦手らしく、よくヒカリに記事の執筆をお願いしているようだ。ヒカリも文章を書くことが好きな方であるから、悪い気はしないらしい。

 ほら、ミレイにのことをわかりやすく例えることができていたのも、この手伝いによって磨かれた彼女のスキルだと思っている。


「そこまで振り切られるともはや清々しいな……で、その敏腕新聞記者殿は何しにここに来たんだ? 普段お前が記事の執筆をヒカリにお願いするときはこんなところにまで来ないだろう」

 

「最近のヒカリさんはお忙しそうで、なかなかお話できておりませんで……そんな折に食堂の近くでお会いしたものですから、近況を尋ねるとともに依頼もかねてこちらについてきた次第で……」


 ……依頼。

 ここ最近の我が「手助けクラブ」は一体どうしたことだろう。

 閑古鳥が列をなし大合唱するほど来客のない我がサークルに、これほどまでに立て続けに依頼者が訪れるなんて。

 

「……まぁ、有り体に言っちゃうと、最近のヒカリさんは依頼の対応で忙しいと伺ったので、これまで善意で隙間時間にやってもらっていた記事の執筆を依頼という形にしちゃえばすぐやってもらえるかなって魂胆なんですけどね」


 あっけらかんと、ネコタニはその本心を曝け出す。

 うーん、この……。発想の転換の仕方が図々しさに極振りしてない? 記者ってみんなこうなの? ちがうよね? こいつだけだよね?

 

 いやしかしもっと恐ろしいのは、こんなにも図々しいのに不思議と憎めないというところだ。これがこのネコタニという女性の最大の才能というか魅力なのだろうと思う。図々しいなぁという思いは確かに抱いてはいるものの、何故だか嫌悪感はない。けど突っ込まずにはいられない。


「本音の曝け出し方に遠慮がなさすぎません? どこでもそのスタイルで営業してるの?」


「まさか! 気の置けないヒカリさんの前だからこそですよ!」


 一応、人は選んでいるらしい。なんだか知らないがちょっと安心した。

 ヒカリを見てみると、もうこんなことは日常茶飯事といった顔つきだ。苦笑いはしつつも、嫌悪感はないように見える。


「あはは……私も文章を書くことは好きだから、頼まれることは全く嫌じゃないよ。将来の夢の練習になるし」

 

 ヒカリが嫌じゃないのなら俺がとやかく言うことじゃないけれど……というか、将来の夢? 文章を書くことに関連しているのかな。


 ヒカリが将来どういう職に就きたいか、ちゃんと教えてもらったことは無い。何度か聞いてはみたけれど、いつも恥ずかしがってはぐらかされていたから。

 ……ネコタニの依頼なんか放っておいて、そっちの方を聞きたいくらいだ。

 

 無意識にそう思ってしまったのか、ヒカリへの質問が口から出てしまっていた。


「なぁ、ヒカリの将来の夢って……」


「あ……いや、それは、その……」


 しまった、というような顔をしたヒカリ。頬が徐々に朱く染まっていく。その後、一瞬の沈黙。迷っているように見える。

 押せば聞けるか。いや無理強いは良くないか。自分の中でも迷いが生じる。次の言葉を探していると、予期せぬ事態が起こった。


 コンコン。


 ネコタニの後方。我部室の入り口から鳴るノック音。そして間を開けず開く扉。直前の緊迫感は崩れ去る。入ってきた人物は――


「やぁ、邪魔するよ」


 紫煙と柑橘の香りを纏う色男、サイカワだった。


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