03-11



 薄暗い中、ぼやけた視界に映るのはどす黒く濁った赤色の液体。

 それがいったい何なのかわからない。理解しようとすることすらできない。考えられない。全く頭が働かない。

 何をしていてそうなったのか、何が起こってそうなったのか思い出せない。

 けど、何だか楽しいことをしていた気がするけど……わからない。


 誰かほかに人はいるのだろうか。

 相変わらず視界はぼやけている。周りを見渡そうと首を左に傾けた。そこまでは良かったものの、首に全く力が入らず、頭が左後ろに傾いたまま、それきり動かせなくなってしまった。視界の端に小さな隙間。外の景色が見える。

 

 ここを出なければ。


 働かない頭で、ふとそう思った。 

 

 

 その小さな隙間から出られる保証なんてないのに、その隙間めがけて身体をよじらせる。しかし身体は全く動かない。固い物体で身体のいたるところを途方もなく強い力で押さえられている感触がある。精一杯の力を腕や足に込めてみたがびくともしなかった。


 何分かその固い物質との格闘を続けてみたが、状況は何一つ好転せず、そのうち疲れて動けなくなってしまった。

 

 あぁ、このままここから出られないのかな。

 怒りも悲しみも、何の感情の起伏もなく、そう思った。

 諦観ともいうべきか。


 視界の端の小さな隙間、そこから差す光に目が慣れたのか、隙間の奥に何かが見えた。

 大きな塊。緑色の背景の中央で奥に向かって真っすぐ伸びる黒色の一本線を横切るようにそこにあった。

 赤色の立方体に金属光沢を伴った長細い直方体がくっついている。そしてそれらの下には黒色の丸い物体が一つ二つ………いくつも。


 ………………とらっく…………か?

 

 疲れた身体とは裏腹に目は少しずつその機能を取り戻してきたようだ。本調子ではないものの、目に映ったそれが何なのか認識することはできた。灰色の荷室の外壁に、そのトラックの会社のロゴと思しき黄土色の立方体が見える。

 直後、蚊の鳴くような小さな声が右側から聞こえた。首に力は入らない。振り向くことができないまま、耳だけを傾ける。


「……サト……ル…………だい……じょう…………ぶ………………?」


 ――――あぁ、そうだ。ヒカリと、ヒカリのお父さん、お母さんと出かけてたんだった。そして――――




  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る