第33話 トップ配信者ここねこは新人を潰したい

「みんな、今日も配信してくれてありがとうー! また次回もよろしくねー! お疲れ様―」

ここねこは今日も気分よく配信を終える。いつも通り、多くのファンに応援され、熱心なファンから飛び交う投げ銭。このまま順調にいけば、今年も投げ銭だけで1億円をゆうに超える収入になりそうだ。同時接続者数は数万を超え、チャンネル登録者も毎日数千人単位で伸びている順調な日々。今はまだVVVでも3番手程度だが、そのうち1番になることも可能かもしれない。VVVといえばここねこ、と呼ばれる日を楽しみにしている。


 もちろん、この地位はなんとなく日々を過ごすだけではキープできない、安泰ではない場所であることも理解している。ちょっとしたことで炎上して人気が落ちる可能性もあるし、次から次に現れる新しい配信者によって消えていくファンもいる。1日で変化していく業界にしがみつきながら、自ら先頭を切り開く必要もある厳しい世界。だが、ここね子はその日常を楽しんでいた。これほど刺激的な人生はなかなか過ごせない。


「さて、コメント欄でも見ようかな」

 配信に対してどんなコメントがついているかアーカイブを確認する。ここねこはコメント分析を日課にしている。どこで盛り上がったか、どこはコメントの伸びが悪いか。どこが聞いていて面白く、どこは退屈だったか。そういった点がすぐにわかるのがコメントの良いところだ。直接的に言及してくれることは少ないが、内容や量で推測することができる。自分のトークテーマについて反省しながら動画を見ていた時だった。


「ん、また新しい人が出てきたのかな?」

「生演奏+美声! Vキャストの隠し球」という動画が目に入る。再生回数は100万回を超えている。Vキャストといえばそれほど大きくない事務所のはず。100万回を超えているなんてどんな内容なんだろう。ここねこは好奇心で動画を開く。


「ちょっと待って、凄すぎない……?」

 生演奏と共に流れる歌声は、VVVの歌姫と呼ばれる同期と同等か、それよりも上手かもしれない。コメント欄でも歌唱力が絶賛されている。

「水咲ネネ? 聞いたことないな……」

 水咲ネネ。チャンネル登録者数は3万人程度だが、出てきて数ヶ月の新人のようだ。そして数ヶ月にして既に何本も歌ってみた動画を投稿しているその行動力と資金力も凄い。ここねこでも歌ってみたはたまにしか出せないというのに。


「そのうち登ってくるんだろうなあ」

 ここねこにはVtuberに関する審美眼があり、伸びるか伸びないかはなんとなくわかる。VVVのオーディションにも駆り出されるほどだ。その直感が、「水咲ネネは今後伸びていく」と告げていた。


こういう新参者に関しては、早くに芽をつぶしておくことが大事だと、ここねこはよく理解している。そして配信者というのは総じてメンタルが強くないため、簡単なことですぐ心が折れがちだとも。VVVという最大手の力、もしくはここねこの名前があれば簡単に潰すことができる。心が痛まないわけではないがこれも仕事の一部である。自分が活躍する土台を整えることは必要な要素だ。何、軽くちょっかいを出すだけだ。それで折れるのであれば弱いメンタルが悪い。有名Vtuberになるのはそんな甘い世界ではないんだぞ、と同業者としてアドバイスをしてあげるだけである。


「なんか接点とかなかったかなあ…… メールボックスで検索をすると、マネージャーからのメールがヒットする。GURU UPの美登キララから招待されたイベントの参加者予定のようだ。ここねこも歌は得意なので気軽に引き受けた話だったが、これはいい機会かもしれない。すぐにマネージャーに電話する。


「もしもし」

「もしもしー、ちょっと相談なんだけどさ。来月の美登キララさん招待の歌のイベントあるじゃん? あれでお願いしたいことがあるんだけど」

「はい、なんでしょう?」

「そこの参加者に水咲ネネって子いるじゃん? その子、出演辞退させてくれない?」

「出演辞退、ですか……?」

「そう。ちょっと詳しくは話せないんだけど色々あってね。私が共演NGって言ってるって伝えてもらってもいいからさ。むしろそれを伝えないと誠実じゃないかなとも思っているし」

「はあ、わかりました」

「よろしくねー」

 マネージャーは、ここねこのトラブル気質をよく知っている。どうせまた何かやらかしたのだろう。ただ、ここねこは立派なVVVの稼ぎ頭だ。下手に機嫌を損ねると何をしでかすかわからない点もあり、絶対に丁重に扱えと上長から言われている。大人しくGURU UPに連絡を取ることにした。

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