第30話 心を込めて歌います
そこから俺たちは毎日放課後に集まり、練習を重ねた。不思議なもので、1曲目は綾香からOKが出るまで1週間かかったが、2曲目、3曲目となるとどんどんOKが出るまでのペースが早くなる。慣れと、基礎が出来てきたというのが大きそうだ。
「よし、皆基礎は大丈夫そうね。じゃあ次のステップにいこうか」
ん?思わず下井草の顔を見るが、下井草も不思議そうな顔をしている。
「次のステップってなんですか……?」
「今はね〜ただ弾いているって感じだから、もっと音楽に乗っていく感じ? 心を込めていく作業をしていこうと思うんだ〜 高木ちゃんもだいぶ音楽に乗れてきているから後は心の部分だね〜」
「心の部分か…… 難しそうだな」
「そうだね。感覚的な部分が大きいけど、一回出来れば私の言ってることがわかるはず〜 とにかく練習するしかないね」
「なるほどな。じゃあまず俺は楽譜見なくても弾けるように努力しようかな」
「それも大事だね〜 楽譜見ているとどうしてもそこに集中しちゃうからね〜」
ちなみに高木はあまり歌い続けると喉に支障が出るので、最後数回のセッションだけ参加している。それまで暇そうにしているのでショート動画のネタ作りを依頼したら楽しそうにやってくれているのでありがたい限りだ。ショート動画で初見の視聴者が増えて配信が盛り上がっていることが嬉しいらしい。確かにコメント欄の盛り上がりは当初とは全然違うからな。治安が悪いわけでもなく、純粋に視聴者が増えて、アクティブな視聴者も増えていることから活気が出ている。投げ銭も好調らしく、まだまだレンタルスペースを借りられるくらいには余裕があるらしい。すごいな。もっといいベースを買ってもらえればよかった。弾いているともっと良いものが欲しくなるものである。
そんなこんなで練習を重ねること1か月。
「いいね〜 間に合ったね〜 これで大丈夫だと思う!」
3日前に、綾香からOKが出た。俺もなんとなく心をこめる感じが理解できてきたから凄いものだ。1か月で音楽の真髄に触れることが出来た気がしている。
「まあ、まだ初心者に毛が生えた程度だけど、十分演奏は出来るよ! 楽しみだね〜」
「あ、まだ初心者なんですね……」
「まあ音楽は突き詰めるとキリがないからね〜 とりあえずここからは各自練習にして、当日のリハーサルまでに最終修正しておこ〜」
いよいよ「歌枠リレーイベント」の当日。土曜日の18時開始ということで、少し前からレンタルスペースを借りてリハーサルや音響チェック、配信準備などを行なっていく。配信周りは俺以外皆わかるので分担しながら作業を進めている。
「音はちゃんと出るね〜 オッケー」
「背景やコメント欄も大丈夫です!」
「マイクも問題ないよ」
俺? 黙って見ているだけだ。プロデューサーらしく腕組みをしながら眺める。何か、見落としはないか…… そうだ、喉が渇いた時にすぐ飲めるよう飲み物を買っておこう。自販機で水を4本買っておく。ん? プロデューサー?
「こんばんはー。GURU UP新人Vtuberの美登キララだよ〜 今日は歌枠リレーイベントの日! この日のために歌が上手なVtuberが5人揃いました!ぜひ聞いていってね! じゃあトップバッターは……」
いよいよイベントが始まった。開始と同時に5千人が視聴している。凄いたくさんの人が見ていると思うと緊張するな…… 横の下井草も緊張した面持ちだ。高木は歌の練習を続けている。綾香は…… 普段通りだ。
「なあ、緊張しないのか?」
「しているよ〜 でもやれるだけのことはやったし、もう今更できることはないしね。頑張って心を込めて演奏するだけだよ〜」
「まあ、確かにそうだな……」
「多少失敗しても高木ちゃんの歌がなんとかしてくれるよ〜 だから気楽に行こう!」
「そうだな!」
「そうですね!」
「私への期待が高すぎる気がする……」
水咲ネネは3番目。18時30分からのスタートだ。時間が近づいていく。
「そろそろだね。マイク繋ぐから声は出さないようにね」
「はーい。じゃあ準備しよっか」
全員が楽器の前で最終チェックを行う。
「じゃあマイク繋ぐよー。3、2、1、皆さんこんばんはー! Vキャスト所属新人Vtuberの水咲ネネです! 今日はキララちゃんに声をかけてもらって参加することになったのですが、皆さんの前で歌を披露することができて非常に嬉しいです。今日は、普段歌ってみた動画を投稿しているメンバーと一緒に生演奏で披露します! ぜひ最後まで聞いていってくださいね〜」
ついに始まった。綾香の合図で曲が始まる。
「1曲目はBump Of Chikenの天体観測!」
高木の歌と演奏が始まる。高木は今日も素晴らしい声をしている。そしてありがたいことにPCが遠いのでコメント欄などは俺の位置から見ることができない。普段の練習と何も変わらない状況だ。少し気楽に演奏することができた。
サビが近づくにつれて気分が乗ってくる。全員の気持ちが一体になっているこの感覚。非常に気持ちが良い。ハイ状態といえば良いのだろうか? 楽譜を見るまでもなく、勢いで演奏し続ける。
2曲目、3曲目もその気持ちを維持したまま演奏することが出来た。多少の音程ズレはあったが、概ね問題なく演奏できただろう。
「以上、水咲ネネでした! よかったら私の動画も見てください! ありがとうございました〜 はい、マイクオフにしたよ。お疲れ様!」
「やりましたねえ! 楽しかったです!」
自然と拍手が起こる。全員嬉しそうだ。この日のために1ヶ月練習してきたわけだからな。視聴者の評価は見られていないが、これで評価されないならもういいや、俺はそんな気分だった。そして、全体の最後の曲が終わり、イベントは無事終了した。
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