第13話 私の曲に期待してくれ

「じゃあ私は帰ってどんな曲がいいか考えてみるよ。また連絡するね。そうだ、曲の希望はある?」

「ああ、アップテンポの曲で頼む。元気な感じの方がいいな。千本桜とか考えていたんだが」

「その心は?」

「色々なVtuberの歌ってみた動画を見てみたが、ゆったり目の曲よりアップテンポな曲の方が再生回数が多い気がするんだ。気軽に聞けるという意味でもそっちの方が合っているんだろうと推測している」

「なるほどね、オッケー。じゃあ曲候補できたらグループラインに送るね。で、高木ちゃんは声だけを録音して送ってほしい。アカペラじゃなくてイヤホンで曲を聴きながら歌う感じでいいからね」

「あ、わかりました」

 高木ちゃん。ナチュラルに距離を縮めてきたな。こういうところはさすがギャルなのかもしれない。勝手な偏見だが。


じゃっ、と言って服部改め綾香は帰って行った。

「とりあえず曲作ってくれそうでよかったよ」

「そうだな。ここで躓くと後が大変だったからな…… 最初見た時は、ギャルすぎて緊張したが普通にいい人そうだし」

「そうだね。なんとか仲良くなれそう」


「今日は配信はするのか?」

 駅まで、高木と一緒に帰る。女子と帰るなんて初めての出来事かもしれない。クラスメイトに見られたら恥ずかしいな、なんて思ってキョロキョロしてみたが周りに学生らしき人はいない。俺はホッとした。確かにカラオケ店は登下校ルートにはないから、色々な人に見られる可能性は低い、とはいえ緊張する。

「うん、いつも通り21時から1時間くらい雑談配信をしようかなあ、っていう予定だよ」

「わかった。今日の配信は俺もリアルタイムで聴くよ。気になったことがあればLINEで送るようにする」

「ありがとう、頑張る。じゃあ後でね」


 特に変わり映えのない帰り道、家族との食事、風呂、勉強というルーティンを終え、21時。時間通りに動画配信サイトを立ち上げる。水咲ネネの配信は…… あった。現在準備中になっている。そのまま5分程度準備中の状態は変わらず、そこから配信が始まった。

「こんばんはー。Vキャストの新人Vtuber 水咲ネネです。今日もよろしくねー」

視聴者数は250名程度。他のVキャストメンバーの配信と同じくらいだ。悪くない滑り出しと言えるだろう。VVVの新人のように、初日で数十万人登録するような華々しいデビューをしているわけではないが、それは仕方ない。知名度と人気度に差がありすぎる。だが、ここからコツコツと伸ばしていくのも楽しいじゃないか。俺はそう考えながら配信のメモをとっていく。


今日気になった点は2つだ。

・〜ですか? という質問に、「そうだよー」や「違うよー」と一言返して終わる時が散見される。色々なコメントを読みたい気持ちはわかるが、コメントした側からするとあまり嬉しくない読まれ方だと感じた。できればその質問から話を広げていった方がいいだろうな。


・以前話していたように下ネタコメントは完全に無視しているが、やはり少しVキャストらしさがなくてマイナスかもしれない。VVVのようなアイドル路線でもそこは上手くコントロールしていくところがコメント欄の盛り上がりに貢献していくと感じている。VVVのメンバーがちょっとえっちな発言をしている切り抜きは非常に再生回数がいい傾向にある。高木も下ネタに対する耐性度や躱し方を勉強した方が良さそうだな。「Vキャスト」は清濁併せ呑むアンダーグラウンド感も箱の特徴にはなっている。そこのらしさはもう少し出して行ったほうが視聴者の期待値から外れずがっかりされずに済むだろう。


 視聴者は良く「解釈一致」「解釈不一致」という言葉を使用する。これは自身の思い描くそのVtuberのイメージと、実際の発言や行動が一致しているかという意味だが、キャラクターが前面に出てくるVtuberにおいては、解釈が一致している方が望ましい。もしくはズレるのであれば「普通と思っていたが実は変だった、下品だった、バカだった」のようなギャップが望ましい。いずれにしてもキャラクターに関しては調整が必要だ。幸いにしてまだ1ヶ月。徐々に変えていけば問題ない。


 ただ、抑揚であったりテンションであったり、そういった点は改善されていた。その辺りのことをまとめて放送後にラインで送る。


『なるほどねー。ありがとう! 下ネタについては…… ちょっとイメージが湧きづらくて。明日どこかで話せない? アドバイスくれると助かる!』

『わかった。放課後どこかで話そうか。ってまたカラオケか…… 部室が欲しいな。Vキャストでそういう場所は持ってないのか?』

『あるけどさすがに部外者は入れれない、と思う……』

『まあ仕方ないか』


ぶるる。高木とそんな話をしていると携帯が震える。綾香からのLINEだ。

『やっほー。早速考えてみたんだけど、「アスノヨゾラ哨戒班」とかどうかな? 人気ボカロ曲でアップテンポ、カバーも人気で歌ってみた動画としてのチョイスも悪くないと思う。千本桜だとちょっとメジャーすぎて微妙かなと思って』

 送られてきたリンクを開き、曲を聞いてみる。うん、悪くない。これなら高木の透き通るような声ともマッチしそうだ。

『いいんじゃないか? 俺は賛成だ』

『私も大丈夫。綾香さんありがとうね』

『よかった。じゃあ高木ちゃんはちょっと練習して声を録音したデータを送ってくれる?こっちでMIXしておくから』

 MIX。曲と声を合わせていく作業のことだ。某人気動画投稿者が、めちゃくちゃ下手な歌声をプロの力で美声に変えてもらっていた動画を観た事があるな。素晴らしい歌声はMIXでどのように変化するのか、どのような感じになるか楽しみだ。

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