第26話 腹ごしらえ

 時間はちょうど十八時になったところだった。十九時にはだいたいの部活も終わり、下校してしまうことを考えると、真倉は呑気に食堂でとりマヨ丼を食べている場合ではない気がしていた。

「あ、あのさあ、紀見崎くん? いいのかな、わたしたちこんなところでご飯食べてて。しかもわたし、奢ってもらっちゃっているし」

 紀見崎が奢ると言い出したのだ。先ほどのことを考えるときっとやせ我慢をしているのだろう。

 紀見崎は親子丼に納豆をかけたものを食べ終え、さらに追加で今はラーメンとオムライスを同時に食べている。栗橋を超える大食いっぷりに真倉は驚きを禁じえなかった。

 食堂のおばちゃんたちも困惑の表情を浮かべている。

「大丈夫っすよ。樋口の行きそうなところは大体予想がついてるんでね。そのための布石はもう打ってありますしね」

 紀見崎はそう言うとラーメンのスープを飲み干した。

「樋口君の行きそうなところって?」

「たぶん、篠儀のところっすよ。樋口の奴、篠儀のことをコケにしてたからな。きっと篠儀にも何かけしかけに行くと思うんすよ。だからそれを先回りして、殴る」

「殴る⁉」

 紀見崎はスプーンを動かす右手をとめ、真倉をにらみつけた。

「実際に殴るかはさておき、それ相応のことはするつもり。じゃないと俺の腹の虫がおさまらねえ」

 紀見崎はそう言って残ったオムライスを口にかきこんだ。

「ほら、来た。協力者が」

 紀見崎はそう言って食堂の入り口を指さした。

扉のぎいと軋む音がして入ってきたのは、新聞部の宇津木と松村だった。

「おお! 噂のお二人さん、お食事中ですかあ⁉」

 宇津木は相変わらずテンションが高い。

「来たな、新聞部」

「ひとたび事件が起きればいつでもどこでも現れる。それが我が新聞部なのです」

 宇津木は胸をどんと叩いてそう言った。

 決め台詞なのか、それは。

「それで、篠儀は見つけた?」

「もちろん。新聞部の情報網をなめてもらっちゃあ困るね。篠儀君なら部活を早めに切り上げて、視聴覚室に一人でいたよ」

「そうか、ありがとな」

 紀見崎はそう言うとすっくと立ちあがった。どうやらもう行くらし「い。

「紀見崎くん、すごいね。なんかいつの間にか新聞部を手玉に取ったって感じで」

 あの新聞部をタダ働きさせるとは、紀見崎もなかなか腕がたつ。

「なにいってんすか。もちろん交換条件っすよ」

「交換条件?」

 だがあいにく、真倉たちは何ももちあわせていない。

「あ、真倉先生。ちょっとストップ。動かないで」

 宇津木がそう言うと、松村のスマホが真倉を連射した。

「ちょちょちょ。え、なに。わたし?」

「口にマヨネーズがついてますよ」

 宇津木が右唇をちょんちょんと指さした。

「えーー。うそ。先に言ってよ」

「先に言ったらネタにならないじゃないすか」

「これで明日の見出しは決まったわね。『真倉先生、放課後にとりマヨ丼を完食!』うーん、我ながら完璧ね」

「それ見出しになるの⁉ 明日、終業式だよ? もっと他にあるでしょ!」

 真倉の叫び声もむなしく、宇津木と松村はスキップしながら食堂を出て行ってしまった。

「ほら、真倉サン。行きますよ、視聴覚室」

 紀見崎は元のぶっきらぼうな調子で言った。

「松村君に恥ずかしいところばっかり撮られてる。なんでわたしばっかり。しかもあんなネタ扱いされて」

 真倉の悲痛な叫びに、またしても食堂のおばちゃんたちは困惑の表情を浮かべていた。

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