第23話 二つの考え
職員室に戻ろうと、一年六組の教室を出たところで、真倉は久しぶりに有末純と出くわした。
「真倉先生! この前はどうも」
「有末君。風のうわさで聞いたんだけど、本間さんとの連携、いい感じなんだって? 本番楽しみにしてるよ」
「ありがとうございます。本当に彼女は天才ですよ。僕の頭の中の曲を、自分なりに解釈して歌っちゃうんですから」
「有末君との相性がいいんだろうね。本間さんも君のことをきっと天才だと思ってるよ」
二人は今、名実共に城岡高校を代表する新たなデュエットになろうとしている。夏休み明けの文化祭の楽しみが今からあるというのは幸せなことだと真倉は思った。
「それもすべて真倉先生と紀見崎君のおかげです。ありがとうございました。あ、そうだ」
有末は真倉の手を握って
「先生のこと、もう一度占っていいですか?」
とやや興奮気味に言った。
「ええ。構わないけど」
仕事はまだ少し残っているが、占いを受ける時間くらいはある。それにせっかくの好意を無下にするのは真倉のポリシーにも反する。
真倉と有末は空いていた教室に入り、占いを始めた。
「えっと。真倉先生の誕生日は××年十月二十二日でしたよね」
有末はお得意の四柱推命を始める。
十月二十二日なら『1022』だ、などと真倉はまたしても考えていた。生年月日もまた数字の羅列になりそうだ。
「真倉先生。もしかして今、なにか悩み事があるんじゃないですか?」
有末はまたしてもずばりと言い当てる。
「そ、そうね。あるような。ないような」
「その悩み事は今日解決しますよ。しかも思いがけずあっさりと」
それはよかった。暗号に悩まされ続けるのはごめんだ。
それに真倉の頭を悩ませているのは、暗号だけではなかった。密かに進めている、とある計画についてもだった。こんな暗号事件のせいで、計画が実行できない恐れまででてきてしまっている。
しかし有末の表情は、真倉の思いに反して明るくない。
「でもね、先生。その悩み事がまた別の問題を引き寄せてくるみたい。それは先生への……これは試練っていうことなのかな。とにかく、今の問題が解決したあとに、さらにまた良くないことが起こるみたいだね」
なんとも先が思いやられる占い結果だ。
「なんかいいことなさそうね、わたしの人生」
真倉の言い方に有末はさすがにまずいと感じたのか、一転して明るい調子で
「そんなこともないですよ。確かに試練ではありますけど、乗り越えた先には明るい未来がひらけてますから。すいません。あんまり暗い結果のときは結果を言いたくないんですけどね。まあ、これも人の運命ですから」
有末はそう言うと、漢字のびっしり並んだ本や紙を片付け始めた。素人からすれば、有末の持つこの本たちも充分に暗号だ。
「あ、そうだ。ちょっとこれ見てくれる?」
いい機会だとばかりに真倉はスマホで撮った暗号の写真を、有末に見せた。
「なんですか。これ、数字がびっしり書かれてますけど」
「これがさっき言ってた、今のわたしの悩みの種。なにかの暗号だと思うんだけど、なにか心当たりない?」
「えー。数字は占いでもよくつかわれるけどなあ。いい数字悪い数字っていってね。ほら、ラッキーナンバーとかってよくいうじゃないですか。数字が持つ意味を占うものがあるんですよ。自分の生年月日とか車のナンバー、携帯番号を使ってね」
「なんでもありだね」
真倉はわがままな子供と接するときのような気持ちになった。
有末も苦笑して
「ええ。占い師も生活がかかってますからね」
と根も葉もないことを言った。
「で、どうかな。この暗号」
「うーん。これは占いとは関係なさそうですね。あ、数字が書かれてるのはこっちの面だけですか? 裏は」
「いいえ、これだけ。裏はないわ……って『占い』だけに『裏ない』っていうギャグ?」
「先生。それは寒いです」
有末は口元を引きつらせながら言った。
真倉は有末と別れ、再び職員室へ向かった。
その道中、真倉はUFO研究会の深川とすれ違った。
「あら、深川さん。こんにちは」
「真倉先生! 昨日は色々とありがとうございました」
深川は深々とお辞儀をした。その所作はお嬢様のようであり、もしかしたら本当は育ちの良いどこかの資産家の娘なのではないかと一瞬思わされた。
「あ、そうだ。深川さん。この数字の羅列。なんだかわかる?」
これまたいい機会とばかりに真倉は暗号の写真を深川に見せた。
「うわあ。なんかこういうの見ると私、そそられちゃいますね。宇宙人からのメッセージだったりして」
そんなばかな。宇宙人が高校生の下駄箱に数字の書いた紙など入れるものか、と思いもしたが、真倉は深川のその発想力が少し羨ましく思えた。今の自分にはそんな自由な発想はできそうにない。
「宇宙人かはさておき、なんかこういう数字の羅列で思いつくことないかな?」
深川は首を何度か回しながら唸っていたがそのうちに
「ごめんなさい。全然わかんないです。でもちょっと気になることがあるんです」
「気になること? なになに」
発想の足掛かりになりそうなことならなんでもいい。真倉はすぐに飛びついた。
「なんか素数に目がいくなあと思ったんです。三、五、七、あとは五十三も。真倉先生は、アレシボ・メッセージってご存じですか?」
「アレシボ? ごめんなさい。知らないわ」
「一九七四年にヘルクレス座の球状星団M13に向けて地球から送ったもので、宇宙人と交信をするための電波メッセージなんです。すごいでしょ」
文系の真倉にはさっぱりだが、宇宙人へのメッセージというだけですごい。そもそも宇宙人は地球の言葉を理解できるのだろうか。
深川はなおも話を続ける。
「このメッセージは一六七九個のビットで作られたんです。一六七九は素数だから、素因数分解すると二十三かける七十三になります。読み手がメッセージを二次元の、二十三かける七十三の図面に並び替えることさえできれば、図が浮かび上がって、地球のこととか人間のことがわかるようになっているんです」
深川はそう言って、スマホの画面を見せつける。
これがそのアレシボ・メッセージというのだろう。テトリスのようにカラフルなブロックが一定の形を作りながら並んでいる。
言語ではなく、記号や形で意思を伝えるものらしい。
「それで、宇宙人から返信はきたの、これ?」
「いいえ、まだです。なんせ目標のM13の星に到着するまでには、約二万五千年かかるって言われてますから。メッセージが届く頃には私は死んでますよ。でも宇宙には無限の可能性が秘められてますからね。もしかしたら思わぬ形で返信が返ってくることもあるかも」
深川は目を輝かせながらそう言った。
まだ、といったところに深川の宇宙人への愛を感じ、真倉は思わずおかしくなった。
「そうね。そう思うとちょっとロマンあるかも」
「ですよね! だから、この暗号も何かそういう図面に置き換えるとかなのかもって思ったんです。違うと思いますけど! あ、でも素因数分解くらいはした方がいいかも。暗号解読といったら素因数分解が定番だから。じゃあわたし部室に戻らなきゃ。じゃあね、先生」
深川は早口でそこまで言うと、足早に去っていった。
「そういえば『侵略円盤』は観れたのー?」
最後に真倉は密かに気になっていたことを尋ねた。深川は振り返り
「はい! ぜんぜん面白くなかったですー!」
と言った。
一瞬観てみようかなと思った真倉だったが、やめにしてよかった、と心の中で思った。
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