紀見崎巧への挑戦状

第22話 最後の依頼人

 七月二十日。一学期、最後の授業を終えた真倉の元を訪れた人物は意外なことに紀見崎巧、その人だった。


 これまで真倉から近づくことはあっても紀見崎の方から来ることはなかった。少しは距離が近くなったのかなと嬉しく思うのと同時に、これまでのこともあってか、不穏な空気も感じる。


「どうしたの? 紀見崎くんの方から来るなんて珍しいじゃない」

 真倉は心の片隅に浮かび上がる黒い雲を振り払うように、明るい調子で言った。


「朝、俺の下駄箱にこんなものが入ってたんすよ」

 紀見崎はそれだけ言うと真倉に一枚の紙きれを渡した。

 数日前の本間美緒の一件を思い出す。あの時も下駄箱に脅迫状が入っていた。

 だが今回は脅迫状ではなかった。書いてあるのは奇妙な数字の羅列だった。



『6 42 7 3 35 18 39 5 39 5

 53 95 14 7 118 53』



「なにこれ」

「わからないからここに来たんすよ」

「いや、それもっと意味わからないから。わたしに相談されてもお手上げだからね」

「なんで最初から白旗なんすか。考えてくださいよ」


 真倉は早くもお手上げだ。というより考えることを放棄しているのかもしれない。


 真倉と紀見崎は場所を一年六組の教室に変え、暗号に挑むことにした。これなら誰かに見られても、勉強を教えているようにしか映らない。

職員室の前では目立つし、万が一国木田にでも見つかったらまた面倒だ。


「そもそもさ、これ意味あるものなのかな? 誰かがてきとうに書いた、意味のないものってことはない?」

 それが一番面白くないとわかりつつも真倉は口にした。


「意味のないイタズラにしては数字は綺麗に油性ペンで書かれているのが気になるな。それに数字が二行に分かれていることから、一行一行で文章になっている気がするんだ。ただの数字をおもしろおかしく並べているのとはわけが違う」

 さすがの着目点だと真倉は思った。


「五十三と七は二回ずつ暗号に書かれてるわね」

「五も二回っすよ」

 おっと。見落としていた。

「ちゃ、ちゃんと見てるか試しただけ。うん、さすが紀見崎くん」


 真倉は無駄に見栄を張ったが、紀見崎はたぶん見抜いているだろう。

「真倉サン。数字を使った暗号で思いつくものありません?」



「そうね。五十音とかアルファベットとかかな。母音と子音をふたつの数字で表すの。『あ』だったら『11』、『そ』だったら『35』っていう具合にね」

 真倉はそう言って手元のルーズリーフに数字を書いていった。


「アルファベットは?」

「そのまま順番に。『A』なら『1』、『Z』なら『26』」


「でもこの暗号だと……」

「そうね。一桁から三桁まで数字があるから、今言ったようなやり方では解読は難しそうね」


 真倉は頭をひねらせた。今までとは違い、こうした暗号なら国語教師をしている真倉にも解けるような気がする。

「語呂合わせはどう? 『5963』で『ごくろうさん』みたいなやつ。えっと。むしに、なみさご、いやみくご……。さっぱりだめね」


「計算してみますか。とりあえず全部足すと、百九十九と三百二十七か。意味はなさそうだな」

「数字が区切ってあることを考えると、それぞれの数字で意味を持ちそうな感じがしない?」

「一番小さいのが三で、一番大きいのが百十八か。全然ぴんとこないな」


 二人ともまったく手ごたえが感じられないまま、ただ時間だけが過ぎていった。


「ああ、もう十六時半だ。あ、時計と何か関係あるとか。六時と四時二分っていう具合に。いやないか。そこまで時間を刻む必要ないもんねえ」



 真倉も紀見崎も数字を見ると、すぐに暗号につなげてしまうようになっていた。時計、学年とクラス、出席番号、テストの点数。目に入るだけでもこれだけの数字に囲まれている。学校でこれなのだから、世界は数字に支配されているといっても過言ではないだろう。

 二人は数字に対して少々過敏になり始めていた。

「一旦やめ。わかりません! 大体ね、わたしには仕事があるの。こんなことしてたらわたしの仕事が終わらないじゃない」

 とは言うものの、学期末の真倉に仕事はほとんど残っていなかった。

「じゃあ俺も。じっと座ってないで、少し体動かしてリフレッシュするか。なんかいいアイデアが浮かぶかもしれないからな」


 そう言って紀見崎は紙を持って教室を立ち去ろうとした。


「あ、ちょっと待って」

「なんすか」

「一応その紙、写真撮らせてくれる? いつでも見返せるように」

「いいっすよ」

 真倉は謎の暗号の写真を撮り、再び職員室へと戻った。

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