第21話 1/3のかけらたち

 結局早川の動機は珍しいDVDを高値で売ってしまいたい、という極めて自己中心的なものだった。


とはいえ、彼のやったことは窃盗未遂。何かを壊したり人に迷惑をかけたわけではない。しっかり反省の色が見えた時点でUFO研究会は早川を許す姿勢を見せた。


「早川君も観るといいよ『侵略円盤』。そうすればこの作品のすごさがわかるから」


 内浜はいい機会とばかりに早川もUFO研究会に勧誘しようとしている。それどころか

「約束通り、君にも観せなきゃいけないな、紀見崎君。あ、このあと空いてる? みんなで観るっていうのはどうかな?」

 内浜は紀見崎すらも取り込もうという魂胆だ。これでは彼らの方こそ人攫いのUFOだ。


あんなB級映画のどこがいいんだ、と紀見崎の悪口が口から出そうになったのを真倉は見逃さず、それを両手で阻止した。またUFO研究会の怒りを買うのは面倒だ。


「それにしてもすごかったな、紀見崎くん。すごい推理だったよ」


 内浜がまたしても鼻息を荒くさせながら言った。

「別に推理ってほどじゃ。たんに人のつく嘘に早く気づけただけのことで」

「いやいや、立派なもんよ。あれだ、推理の才能があるんじゃないか? とにかくありがとうな。お前のおかげだ」


 深川と大瀬も笑顔で頷き、部室へと戻っていった。

 真倉は職員室に。紀見崎は教室に戻ろうとしたのだが、二人のあとを篠儀が追いかけてきた。


「たっくん。すごかったよ、さっきの推理。まるでドラマの名探偵だ。なんだか推理をしているときは別人って感じがしたよ」

 篠儀は興奮したように言う。紀見崎のことを中学から知る彼が、一番驚いているのかもしれない。

「ね、真倉先生もそう思いましたよね?」

 真倉が紀見崎の推理をしているところを見るのはこれが三回目だったので、今さら驚きはしなかった。それでも普段の彼からはなかなか想像できない姿であることは間違いない。

「そうね。普段からもう少し愛想良くしてくれればいいんだけどね」

「確かにねー。顔怖いし無愛想ですよね」

「でも悪いやつじゃないんだよね」

真倉と篠儀は目を合わせてくすくすらと笑いあった。



「ああ、もう。うるっさいな。腹も減ったし、俺はもう帰るんだ」


 だきつこうとする篠儀を追い払いながら、紀見崎は一人、ずいずいと歩いていく。

「あっ。お腹すいたならいいものあるよ」

 真倉はポケットから割れたチョコチップクッキーを取り出した。


「おお。真倉先生、ナイス」

 クッキーは三つに割れている。ここにいるのも真倉、紀見崎、篠儀を合わせてちょうど三人だ。

「一人ひとつでちょうどだね。言っとくけど、秘密だからね。先生にお菓子もらったなんて」


 元々生徒にもらったものだが、この際一人で食べるよりずっといいだろう。

 真倉は封を破いて手のひらに三つのかけらをのせる。これのために割れたのだと思えば、早川の罪も許してやらないこともない、と真倉は内心思った。


 紀見崎と篠儀がクッキーを頬張るのを見てから真倉も食べようとしたところで、ひょいと最後のひとかけらを奪い去る手が現れた。


「うん。やっぱり俺は運が良いみたいだ」

 そう言ってクッキーを口に投げ入れてしまった。

「あああ、樋口君! よくも最後の一個を」

 樋口京介は悪びれる様子もなく、いたずらな笑みを浮かべて


「ちょうど進行方向に手が出てたから、思わずね。悪く思わないでよ。先生は運がなかったんだ」

 そうなんでもかんでも運で片付けられては困る。人生は運だけでは決まらないのだ。


「あ、そうだ。紀見崎君……だっけ? さっき早川を捕まえてた」


 樋口は飄々とした態度で真倉の横をすり抜け、一瞬で紀見崎の前まで詰め寄った。

「君、すごいね。あんな頭の使い方をする人を俺はあまり見たことがないよ。面白いものを見せてくれてありがとうね」


 紀見崎の肩に手を置くと、樋口は颯爽と校門の方へと行ってしまった。

「俺ってそんなに面白い?」

 紀見崎は篠儀に尋ねる。

「うーん。面白いとは思うけど、俺の思う面白いと樋口先輩の言ってる面白いは、なんか違う気がするな」


「真倉サンは……て、そんなに取られたことが悔しいすか? たかがチョコチップクッキーのほんのひとかけらじゃないすか」

 真倉にとって事はそう単純ではなかった。


「せっかく……せっかくもらったチョコチップクッキーだったのに! 世の中ね、どんなものに価値がつくのかわからないんだよ!」

「そんな大げさな」

 篠儀の笑みも引きつり始めている。

「大人げないっすよ、真倉サン」

「ぐ、ぐぎぎぎ」

 歯ぎしりをしながら真倉は、今なら少しだけUFO研究会の気持ちがわかる気がした。

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