第20話 謎解き

 首を真っ赤にした紀見崎は二年生男子三人を前に話を始めた。まだ少し痛むのか時折咳きこんでいる。


「やっぱりこの三人の中にUFO研究会の部室に侵入した犯人はいたんだ。そしてその犯人は明らかに矛盾した発言と行動をとっている。その矛盾にどうしてみんな気づけないのか俺にはわからない」


 そう言って紀見崎はちらりと真倉に視線を送る。まだ根に持っているようだ。


「たっくん。その明らかな矛盾っていうのはなんなのさ。悪いけど僕もわからないよ」

 篠儀も困惑した表情を浮かべる。

 UFO研究会の三人も同様だ。誰も紀見崎の言う矛盾に気づけていない。


「わからないはずないだろ。だってその矛盾した発言をしたのは他ならぬお前なんだぜ、篠儀?」

 全員の視線がいっせいに篠儀に向いた。

「は? 僕が嘘をついたって?」

「いや、お前は嘘をついていない」

「じゃあ矛盾ってなんだよ」

 紀見崎はそこで一呼吸置いた。



「ハヤシライスさ」



 その場にいた全員の頭にはてなマークが浮かんだ。

「ハヤシライスが発言の矛盾? 意味わかんないよ」


「説明してやる。お前はこう言ってたよな『早川先輩はハヤシライスを食べ終わってた』って。食堂の入り口近くに座ってたお前が、どうして奥にいる早川先輩の食べてたものがハヤシライスだと言い切れるんだ? 食べ終わったあとの皿を見ただけじゃ、カレーと思っちまうのが自然じゃないかな。少なくとも俺は、食べ終わった皿でカレーとハヤシライスを判断できないと思うぜ。けどお前はなんの迷いもなくハヤシライスだと言った」


篠儀は笑い声をあげた。

「ははは。自信満々に言うから何かと思ったら、そんなことか。確かに違和感のある発言かもしれないな。けどそのときなんとなくハヤシライスだと思っただけで、別に深い意味はない。それに、だからといって俺が部室に侵入した犯人ってことにはならないだろ」


「そうだな。俺もお前が犯人だとは思ってないぜ」

「なんだと」

 篠儀は虚をつかれたのか、わずかに声をうわずらせた。

「部室に侵入した犯人は、早川さん。あんただ」


 蚊帳の外から突然引きずりだされた早川は、一瞬驚いた表情を見せたがすぐに笑みを浮かべた。


「なんの話だよいきなり。俺が犯人?」

「そうさ。あんたはUFO研究会に追われて食堂に逃げこんだ。けど捕まるのは時間の問題だ。そこにたまたま居合わせたのが篠儀だったんだ。篠儀はそこで、ハヤシライスを食っていたんだ」


 そのとき早川と篠儀、二人の表情に同時に陰りが見られた。


「篠儀が食堂にいたのは偶然だ。だがあんたはその偶然をうまく味方につけた。部活の後輩である篠儀を言いくるめて自分に有利な証言をするように吹き込み、ハヤシライスの皿を奪い、あたかもさっきまで自分が食べていたかのように偽装したのさ。これなら一分でできる。どうだ、間違ってるか?」


 紀見崎の猛攻に早川は声を震わせながら答えた。

「証拠は。なにか証拠はあるのか?」

「あんたの証言さ。内浜さんが部室を荒らされたっていう話をしたとき、あんたは自分は何も盗んでないと喋った。荒らされたというだけで、それが盗みとは限らないだろ? 現に樋口さんは何か壊されたのか、と聞き返してる」


「それだけか? 言葉の綾だよ」

「もちろんこれだけじゃない。物的な証拠もあるぜ」

 そう言うと紀見崎はテーブルを指で二度叩いた。

「証拠はあんたの持ち物さ。さあ、今持ってるものを全部ここに出しな」

 紀見崎はここに出せという圧を発している。


「持ち物っていったって」

 早川はポケットからスマホを取り出し、テーブルに置いた。


「これで全部か?」

「ああ」

「本当に?」

「しつこいな、本当だよ」


 紀見崎はその言葉を聞くとにやりと口角をあげた。

「どうだい? みんな、これを見てなにかおかしいと思わないか?」

紀見崎はその場にいる全員の顔を見て回る。

テーブルの上に置かれたスマホ。これを見て何をおかしいと思えと?


「ヒントはこれまたハヤシライス」

 またハヤシライス? 真倉の頭はますます混乱していった。


そのとき樋口があーっと声をあげた。

「わかった。わかったよ、紀見崎くん。確かに矛盾しているね」

「でしょ。わかっちまえばなんてことはないんだ」

 続いて深川もぱんと手を叩いた。

「うちもわかった! 確かに確かに」

 真倉は少し焦り始めていた。先に生徒二人に先を越されるとは思っていなかった。


 真倉は目の前のスマホを食い入るように見つめた。

「真倉サン、そんなにスマホばっかり見てたら、余計わかんなくなるよ」

 紀見崎は樋口と深川と目を合わせては、こみあげる笑いを必死に抑えている。


「えー。もう降参。なによ矛盾って」

 いくら考えても真倉には紀見崎の言う矛盾がわからなかった。


「財布っすよ。真倉サン、財布もなしにどうやって食券を買ったっていうんすか?」

 あっと声をあげたのは真倉だけではなかった。早川もまたそのことに気づいていなかった。


「杜撰にもほどがあるよ。まあ今回の場合、突発的なことだから仕方ないけどね」

「食券は前もって買ってあったんだ。それを……」

「嘘だね。あんたは『急にお腹がすいてきた』って言ってたんだよな。だったら前もって食券を買っているなんてことありえないね」

「金はたまたま五百円玉がポケットに入ってて……」

「それも嘘。だったらお釣りはどうした? ハヤシライスは四百二十円だ。八十円のお釣りがあるはずだぜ」

 早川はもうそれ以上反論できないと悟ったようで、丸椅子にどかっと座りこんでしまった。


「早川先輩。すいません」

「いや、謝らなきゃいけないのは俺の方だ。すまないな、篠儀。こんなことに巻き込んで」

 早川は律儀に頭を下げて謝った。

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