第19話 明らかな矛盾

「嫌っすよ! なんで盗まれてもいないそんなクソ映画のために俺が頭を働かせなきゃいけないんだ」

 紀見崎の声は食堂中に響き渡った。調理場のおばちゃんが何事かと顔をのぞかせるほどだ。


「まあまあ。こんなタイミングで飲み物買いに来る君もいけないんだよ。それにしても君は本当にいいタイミングで現れるね」

「嫌だあ。巻き込まないでくれえ」

「ほら、解決しちゃえば帰れるんだし。その方が泣いてるより早いんじゃないかな」


 今にも泣きだしそうな紀見崎を心配そうに見つめる内浜が真倉に耳打ちする。

「彼、大丈夫なんですか?」

「意外かもしれないけど、この子こう見えてすっごく頭いいの。謎解きの才能があるのよ、大丈夫」


 人体模型落下事件も歌姫脅迫事件も彼がいなければ解決できなかっただろう。紀見崎には確かに謎解きの才能がある。彼ならばこの不可解な犯人消失事件にも、何らかの光を灯してくれるに違いない。


「そうだ。もし事件を解決してくれたら、君にも『侵略円盤』観せてあげるよ」

「おお。名案ですよ、部長。よかったな。君、相当ラッキーだよ」

「そっ、そんな棚から牡丹餅があっていいの?」

 内浜の提案にほかの二人ものった。


「お前ら正気か。UFO研究しすぎて、頭の中、宇宙人になっちまったんじゃねえか」

 悪態をつく紀見崎にもUFO研究会は動じず、むしろ盛り上がっているようにも見える。



 そんな様子を見ていた一人の男子生徒が、丸椅子から立ち上がり、こちらに向かってきた。

「たっくん、どうしたのこんなところで」

 たっくん?

 巧。紀見崎巧でたっくんか?

「お前、篠儀しのぎか」

 紀見崎は訝しげにそう言って、丸椅子から立ち上がった。


「なんだ。やっぱりたっくんだ。人を食ったみたいなその口調、中学から変わってないんだね」

「うるせえな。噂で同じ高校だとは聞いてたけど、まさかこんなところで会うとはな。お前、何組だ」

「一組だよ。たっくんは?」

「六だ。別に来なくていいぞ」

 普段に比べれば紀見崎はだいぶ饒舌だ。


「紀見崎くん。この子は?」

 真倉は二人の会話の隙を見計らって尋ねた。

「こいつは篠儀。俺と同じ中学だった奴で、別に仲良くはない」

「ええ。ひどいなあ。中学の頃、僕に助けられたこと忘れたの? はじめまして、たっくんと同じ西門さいもん中出身の篠儀陽一しのぎよういちです。よろしく」


 篠儀はにこやかな笑顔をたたえ、真倉たちにお辞儀をした。紀見崎に比べ、なんとも明るく快活な子だ。


「僕さ、友達待ってたんだよね。でもそいつ補習で遅くなるっていうんだ。ちょうど暇してたところだしさ、なんか手伝わせてよ」

 篠儀は目を輝かせながら言った。彼がいたのは入り口付近のテーブルだ。何か見ていた可能性は十分にある。


「そうだねえ。じゃあさ、篠儀君はUFO研究会の人たちの前に食堂に駆け込んでくる怪しい人見なかった?」

 篠儀は記憶を掘り起こすように上を向き、うなりはじめた。

「そういわれれば、いたような気がするなあ。けど、誰かまではわかんないや。顔見てないし」


「じゃあさ、あそこに三人いるでしょ?」

 真倉は篠儀の近くに寄り、ひそひそ声で続けた。容疑者の三人は今、栗橋がいた食堂中央のテーブルに集められていた。栗橋だけまだ食事中で、あとの二人は何をするわけでもなく、時折こちらをにらんでは催促しているように見える。


「樋口くんに栗橋くん。あ、早川くんはわかるよね。部活の先輩だもの」

「え、なんで知ってるんですか?」

 篠儀は目を丸くした。

「この先生、生徒の名前とかの情報が全部頭に入ってる変な人なんだ」

 紀見崎が丸椅子と戯れながら言った。


「あら、そんな風に思ってくれてたのね。光栄だこと」

「へえ、すごいですね」

確か早川と篠儀は、同じテニス部のはずだ。


「どう? あの三人はずっと食堂にいた?」

「どうだったかな。僕が来たときには栗橋さんは食券機のとこにいた気がする。早川先輩はハヤシライスを食べ終わってたな。あと樋口さんかはわからないけど、自販機の前に人がいたのは憶えてます。見ました。」

 これでは絞り込みようがない。


「うーん、だめだ。わからないじゃん。先生、やっぱり食堂にいる人全員に話を聞くしかないんじゃ」

 内浜は頭を抱えながら真倉に言った。

「それは無理よ」

「え、なんでですか?」

「だってほら見て」

 食堂には真倉と紀見崎、UFO研究会の三人と篠儀、そして容疑者の二年生男子の三人しか残っていなかった。


「あーー。なんで?」

「うち達がうるさすぎて、みんな帰っちゃってましたよ」

 深川がさも当然という風に言った。

「美里さん、知ってたなら止めといてよ」

「そんなことできるわけないじゃないですかあ。もう、こうなったら三人を拷問するしかないですよ」


 深川は無邪気な顔をして、穏やかでないことを言い出す。その無邪気さがかえって恐ろしいように真倉には思えた。


「ちょっと紀見崎くん。なんか思いついた?」

 先ほどから目を閉じ、右のこめかみあたりのくせ毛をいじる紀見崎を見ながら真倉は言った。


「ううん。聞いた話だけだとどうも考えにくいっすね」

 今回紀見崎はあとから現場を訪れた。実際に目で見て耳で聞くのと、話だけを聞くのとでは情報量が違うのだろう。小説の安楽椅子探偵のようにはうまくいかない。


「ああ、もうあの三人もしびれを切らしてるよ」

 樋口は二本目の飲み物に口をつけ、栗橋も爪楊枝で歯の間を掃除している。早川はスマホをいじくっている。

「ま、待てよ。もしかしたら」

 その様子を見た紀見崎がそうつぶやいた。

「も、もしかしてわかっちゃった? 部室に侵入した犯人が」

 紀見崎の様子に、真倉にはぴんとくるものがあった。真倉の勘はよく当たる。


「わかりましたよ」

「ほ、本当? すごーい、やっぱり天才ね。推理の才能あるよ、絶対」

「あの、真倉サン。逆に気づけないんすか? この誰でもすぐわかるような明らかな矛盾が」

「明らかな矛盾? そう言われるとなんか馬鹿にされた気がしてくるんだけど」


 そんなことにも気づけないのか、と言われた気がする。しかし紀見崎は平然としたように

「いえ。馬鹿にしてますよ」

「こっ、この野郎。よくも教師にそんな口を」

 真倉は紀見崎の首根っこを掴んで、ゆすった。


「あ、暴力。暴力反対」

「早く言いなさいよ。誰でもわかる明らかな矛盾ってやつを。推理なんてね、教師の仕事じゃないんだから、わからなくて当然でしょ」

「生徒だって推理は試験範囲外っすよ。真倉サン。息、息つまってるから!」


 真倉と紀見崎のプロレスを少し離れたところで見ていた篠儀が

「二人とも仲が良いんだな」

 とにこやかにつぶやいた。

「話すなら離すけど?」

 真倉は紀見崎に尋ねる。

「そっちが離したら話す」

 紀見崎も意固地だ。

「話になんないね」

 深川がため息をついた。

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