第18話 1/3の容疑者たち

「樋口君、ここで何してるの?」


 入り口から見て右奥、自販機の前で樋口京介ひぐちきょうすけはスマホをいじっていた。

「ん? ああ。飲み物買いにきたんですよ。それしかないでしょう」


「じゃあそのスマホは?」

「えっ⁉ まさか没収とか言わないっすよね。放課後だし、ていうかそもそもうちの高校、携帯禁止じゃないし」

 樋口はぎょっとして体をのけ反らせた。

「違う違う。さっきUFO研究会の部室が荒らされてね。その犯人が食堂に逃げ込んだの。だからこうして色んな人に話を聞いてるところなの」


 真倉はあえて二年生が犯人であることは伏せた。うまくいけば口をすべらせてくれるかもしれないと思ったからだ。

「ええ⁉ 荒らされたって、なにか壊されたとか?」

 内浜が首を横にふった。


「俺たちの部室に『侵略円盤 ~サンフランシスコ大決戦~』っていうビデオがあるんだけど、それが盗まれる寸前だったんだ」

 ものすごくB級臭のするタイトルだと真倉は思った。


「待って。それじゃあ盗まれてはいないんだね?」

 真倉は慌てて確認する。未遂だったとは。

「はい。中身は無事だったけど、パッケージが開けられてたからね。たぶん、俺たちが来る気配に気づいて、盗らずに逃げることにしたんだ」

「じゃ、じゃあよくない? 被害はないことだしさ……」


 そんなB級映画のために走っていたのかと思うと、真倉はなんだか馬鹿らしくなってきた。しかしUFO研究会の三人は真倉に掴みかかる勢いで身を乗り出した。


「何言ってるんですか! あれはDVDになってない、配信もされていない、超貴重な映画なんですよ!」

「ギリギリBの迷作よ!」

「ビデオもまったく売れなくて、世界に三千個しかないんだ。市場に出ようものなら三十万円の価値はある宝物ですよ!」


「ギ、ギリギリBの迷作に三十万円……?」

 世の中どんなものに値がつくかわからないものである。



「そ、それは大変でしたね。あ、ちなみに俺は飲み物買いに来ただけ。友達にも何か飲みたいかって連絡してたんですから。ほら、履歴も残ってる」

 樋口はそう言うとスマホの画面を真倉たちに見せた。メッセージの送信した時間が表示されるアプリで、ここ五分ほどずっとやりとりをしていたことがうかがえる。


 真倉たちは体勢を整え、その画面を見つめる。

「うーん。確かに、結構短いスパンで返信してるね」

「でしょ。俺じゃないっすよ、その窃盗犯。いやあ、よかったあ。友達と連絡とってて。危うく犯人にされるとこだったぜ。やっぱり俺は運が良いな」

 樋口はどこか誇らしげに言った。


「そっか。でも悪いんだけど犯人を見つけるまでここに残っててくれるかな?」

「えー。飲み物買ったら戻ろうと思ってたんですけど」

「大丈夫、すぐに犯人見つけるからさ」


 逃走中からスマホでやりとりをしていなければあの画面にはならない。だが逃走する男子がスマホを持っているところを真倉は見ていない。そもそも相手の友達に口裏を合わせてもらう必要を考えると、どうやら樋口は犯人ではなさそうだ。



「栗橋君、久しぶり。なにしてるの?」



 真倉に話しかけられた栗橋彰くりはしあきらは中央のテーブルに座り、天井を仰いでいた。

「真倉先生。後ろの人たちは……ってみーさんだ」

「あっ、クリじゃん。やっほう」

 そういえば二人は同じ二年四組のクラスメイトだ。

 互いにあだ名で呼び合うところを見ると、かなり親しい間柄らしい。ここは深川に任せた方が話が進みやすいだろう。


「クリ、どうしたの? こんなところで」

「今、学食頼んだところ。このあと塾に行くんだ。その前の腹ごしらえ」

「偉いね、塾なんて。勉強してるんだ」

 深川はいつの間にか栗橋の正面に座り、話し始める。


「部活も何もやってないんだったら勉強しろって親がうるさくてさ。今年の夏休みは勉強漬けになりそうだよ」

 栗橋はため息まじりにそう言った。

「いいじゃん。それで成績あがるなら。わたしなんて何しても成績上がんないからもう諦めちゃったよ。ねえ、真倉先生?」


 深川はこちらに顔を向ける。そういうお前はもっと勉強した方がいい。彼女の成績をかなり下の方で見た記憶が真倉にはあった。


「僕はみーさんみたく、好きなことをやる方がいいと思うな。いい趣味してると思うよ、UFOの研究」

「へへへ。そうかな」

 深川は照れたように頭をかいた。

 好きなことをやるのは素晴らしい。UFO研究会も真面目に活動しているだろうが、彼女らがやろうとしていることのひとつは映画の鑑賞だし、深川は絶対勉強した方がいい。



 ちょうどその時、番号を呼ぶ声が聞こえてきた。

「あっ、僕だ」

 栗橋は席をたち、調理場へ向かっていった。頼んだのはオムライスとラーメンらしい。まさか二つも食べるとは、成長期の男子の食欲は恐ろしい。


 仮に前もって食券を買っておいたとしても、オムライスとラーメンだ。ふたつを作るとなればいくら手練れの食堂のおばちゃんでも、五分ではすまない。料理が出来上がるのを待っていただけの栗橋は一見怪しいが、どうやら犯人ではなさそうだ。



「早川君はずっとここにいた?」



 食堂の奥に座しているのは早川健作はやかわけんさくだ。彼は去年授業を担当したので、顔見知りだ。頭の回転が速い子だ。早川の前にはカレーを食べ終えた跡らしき皿が置いてある。


「ん? ああ。ここで飯食ってたんすよ。急にお腹すいてきちゃって」

 そう言って早川はへへへと笑って、お皿を返却口へと持っていき、そのまま食堂を出ていこうとした。

 真倉たちはそれを慌てて引きとめた。


「悪いんだけど、犯人を捕まえるまでここに残っててくれるかな?」

「犯人? なんの話すか?」

「さっきうちの部室が荒らされたんだよ。その犯人がこの食堂に逃げこんだってわけ」

 内浜が背後から補足してくれた。


「ああ、そういえばさっきバタバタと誰かが入ってくる音を聞いた気がしたなあ。そのときはハヤシライスに夢中だったから顔までは見てねえけど。あ、俺はなんも盗んでないすよ。ほら」


 早川は制服の自分のポケットをすべて裏返してみせた。確かにスマホ以外、持ち物は何もないようだ。

それに彼が食べていたのはカレーではなくハヤシライスだったようだ。だが、どちらでもあまり変わりはない。ハヤシライスを頼み、できあがるのを待ち、さらにそれを食べ終えるのにはどう考えても五分以上かかる。確かにカレーは飲み物という言葉があるが、ハヤシライスにもそれが適用できるかは怪しい。となると、どうやら早川も犯人ではなさそうだ。



「みんな最初から食堂にいたっぽいね」

 真倉とUFO研究会の三人は不可解な事実を前に、頭を抱えてしまった。三人とも五分以上前から食堂にいたように思える。だが犯人は確実に食堂に逃げ込んでいる。この三人の中の誰かが犯人のはずなのだ。


こうなれば望み薄だが、他に数人いる他学年の生徒に聞き込みをするしかない。



 その時、食堂の扉がぎいと軋む音を立てながら開いた。

「あっ。ああーー! 名探偵きたああーー」

 神は真倉を見捨てなかったのだ。あるいは砕けたチョコチップクッキーの思念が届いたのだろう。

真倉は突如として現れた紀見崎巧を指さしながら素っ頓狂な声をあげた。

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