第15話 二次審査

 それからは大忙しだった。突然の再審査で時間を食ってしまったので、真倉たち審査員も会場の設営に駆り出されることになった。紀見崎の体は細く、重い機材を運ぶのも一苦労している様子だった。良い機会だ。これからは体を鍛えるといいだろう。


 こうした全員の協力もあり、二次審査はなんとか時間通りに開始することができた。文化祭実行委員長の平沢がマイクをとり、司会進行をし始める。ステージ下には真倉たちの座る審査員席があり、その後ろに暇な、ではなく、有志の生徒たちが集まっていた。その数約八十人。

 普段これだけの人の前に立つ機会はない。それだけで緊張というのはするものだ。


「ひい。なんかわたしまで緊張してきちゃったなあ」

 真倉は舞台袖で手のひらの汗をぬぐった。

 審査員たちの紹介のために、真倉たちは一列に並んでいるところだった。

 出場者はそのさらに後ろで順番を決めるくじを引いている。


「真倉先生、さっきもそれ言ってませんでした?」

 音田が振り向いて言った。

「さっきとは大違い。とちったらどうしよう」

「審査員だから大丈夫でしょって言いたいけど、真倉サンならありえますね」

 紀見崎が後ろからちょっかいをかける。

「ちょっと、どういう意味よそれ」

 真倉は列を抜け、最後尾の紀見崎のところに文句を言いに行った。

「そのままの意味っすよ。審査員だからって気を抜くなってこと」

「気を抜くな? よくもそんなことが言えるわね。そういう君は万年無気力男でしょ」

「なんだよその言い方」

 二人のやりとりを見ていた音田は、おかしそうに笑いをこぼした。

「音田先生、なにがおかしいの」

「くくく。別に。真倉先生らしくていいなって」

 何もよくない。本当にこういうときやらかすのが真倉まどかという人間なのだ。それをこの二十数年の人生で嫌というほど経験している。


 ものはついでとばかりに真倉は疑問に思っていたことを紀見崎に尋ねた。審査員が呼ばれるまではまだ時間はあるだろう。

「どうしてあのとき血相を変えて音楽室に向かったの? まるで有末くんが中にいるのをわかってたみたいだったけど」

「中にいる人が誰かまではわかってなかったっすよ。けど、誰かがいるのは間違いないとわかったんすよ」


「だからなんでよ」

「簡単なことだよ。俺たちが有末さんに占いをしてもらって二年五組の教室を出たのは十七時半を過ぎた頃。その頃には教頭の戸締りは終わってるはずでしょ? だけどそのあと本間さんは音楽室にカギも使わず入っていった。つまり始めから中に誰かがいたってこと」

「はあ、なるほどね」


 だがそれ以上に二週間以上前の教頭の話を覚えている紀見崎の記憶力に真倉は舌を巻いた。

「それじゃあ本間さんが脅迫状の送り主のことをわたしたちに言わなかったのは?」

「ああ。たぶん本間さんも誰が犯人かはわかってなかったと思いますよ。脅迫状の真意がわかっておきながら俺たちに言わなかったのは、有末さんのことを表沙汰にしないためですよ、きっと」

「なるほど。かばってたのは犯人じゃなくて有末くんの方だったってわけのね」


「そういうことっすね。あ、あと脅迫状のことでさっき気づいたんすけど」

「なに?」

 元の列に戻ろうとした真倉を紀見崎は呼び止めた。

「手書きじゃなくてパソコンか何かで書いた文字を出力してましたよね。昼休みに通過者が発表されてからその脅迫状が用意できるのは、事前に通過者を知っている実行委員のメンバーか、本間さんの圧倒的な実力を知っている一次審査の関係者に絞られるんすよ」

「あーー。最初からそれがわかってれば、ここまで苦労することなかったのに。いまさらそんなこと言ってもさあ!」

 紀見崎はすまないとばかりに身振りを返した。

「二人とも楽しそうですね」

 真倉と紀見崎が話しているところへ、トイレに行っていた絵波が戻ってきた。さっきまで真っ赤だった目は、なんとか元通りにらなったようだ。

「絵波さん。本間さんたちとはちゃんと話せた?」


 本間と有末の再審査のあと、二次審査が始まる前に絵波は本間に謝りに行っていた。どんな言葉を交わしたのかは、真倉は遠くにいてわからなかったが、三人共笑顔だったので、きっとうまくいったのだろう。


「はい。純君も本間さんも私にとって大切な友達ですから。思い切り泣いたし、もう吹っ切れました」

「そう。それが聞けてよかったわ」

 本間と同じく、絵波もまた芯の強い子だ。

「真倉先生。あと、紀見崎君も。その……ありがとうございます」

 元の列に戻ろうとしていた真倉は、絵波に満面の笑顔で返した。

 紀見崎もきっと同じ気持ちでいることだろう。



「さあそれでは審査員の方々にご入場いただきましょう!」

 平沢の声が聞こえてきたので、真倉は慌てて列に戻った。

「今年の審査員はこちらの方々です!」


 平沢の合図と共に阿多木、音田、真倉、そして〝辞令〟の三人が学年順に入場する。

 改めてステージに立つとものすごい迫力と熱気だ。出場者たちはこれを前にして演奏しなければならないと思うと、真倉は自分には無理だなと思った。


 一通りの紹介を受けたあとステージ脇の階段をおりる。と、ここで気を抜くと転びそうだ。

「真倉先生、早くおりてくださいよ」

 後ろから関に催促されようが関係ない。八十人の生徒たちの前で恥をかかないことの方が大切だ。


「それではさっそく審査にいきたいところなんですが、少しだけ審査員の方にも意気込みを語ってもらいましょう。そうですね。真倉先生、お願いします」

 わたしかよ。真倉は内心ひやっとした。

 拍手が巻き起こり、ギャラリーが無責任に騒ぎだす。先頭には新聞部の宇津木と松村の姿もみえる。

「まどかちゃ―ん」

「かわいいー」

 真倉は手元のマイクを持ち、立ち上がって生徒たちの方に会釈した。

「えー、わたしたち審査員……ってあれ? スイッチ。あれ」

 マイクのオンオフを何度切り替えても音が入らない。

 会場がどっと沸く。

「さすが真倉先生! もってるー」

「かわいいー」

 真倉のことをかわいいとする層が一定数いるみたいだ。


 慌てて隣の音田が自分のマイクと交換する。

 礼を言ってマイクをオンにすると、今度はキーンという耳障りな音がした。ハウリングというやつだ。

 またしても会場が沸く。だが今度はかわいいという声は聞こえなかった。


 隣の関からマイクを借り、今度こそ真倉は喋り始めた。

「お騒がせしました。こんなことってあるんですね。えっと、この二次審査に挑む十組は全力です。わたしたち審査員も全力で審査します。なのでみなさんも全力で盛り上げてください。そして出場者もわたしたち審査員も、そしてみなさんも楽しむ気持ちを忘れず、いい時間にしましょう。よろしくお願いします」

 真倉はふうと息を吐いて席についた。平沢が再び喋りだす。



 会場のボルテージは上がっていく。平沢のマイクも調子が良い。

「それではお待ちかね。一組目に参りましょう。一組目は彗星の如く現れた、最強男女デュエット! 『本間美緒&有末純』で『貫き通せよ愛ならば』です。どうぞ!」


 よりによってトップバッターか。こうしたものの一組目というのは緊張もするし、後ろの組の基準にもなるので難しい。しかしそんな心配はいらないと、真倉は出てきた二人の目を見てすぐにわかった。

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