第14話 脅迫状の真実
七月十八日。放課後。とうとう運命の二次審査の日をむかえた。
真倉をはじめとする審査員たちは観客の生徒より早めに体育館に集まっていた。といっても体育館の隅で雑談をしているにすぎず、会場作りや機材のセッティングは文化祭実行委員やそれぞれのバンドがやってくれていた。
「なんだかわたしたちまで緊張してきますね」
真倉はその様子を見ながら音田に言った。
「そうね。こういう普段と違うことがあると、行事って感じがしてきますよね」
二人が話しているところに本間がやってきた。セッティングする機材のない彼女は時間を持て余しているのだろう。
「あの、実はみなさんにお願いがあるんです」
本間は審査員たちにそう切り出した。真倉は紀見崎をちらりと見る。彼は表情を変えないままこくりと頷いた。
「なんですか、本間さん。本番までまだ三十分以上ありますけど」
音田はやや怪訝そうな目で本間を見る。
「もう一度……審査をしてほしいんです」
「君の審査は終わった。それで二次審査にいるんじゃないか」
状況を飲み込めないと阿多木も声をあげる。
「違うんです。あれは私だけど、本当の私じゃなかった。だから本当の私。いや、私たちを見てほしいんです」
そうくるのね、と真倉は内心思った。
「どういうことかな?」
本間は体育館の入り口付近に身を隠していた男子生徒を手招きした。
「私が一次審査で歌ったのは、有末純くん。彼がつくった曲だったんです。わたしはそれを自分でつくった曲だと、皆さんに嘘をついたんです。本当にすみませんでした」
そう言って本間は頭を下げた。遅れて有末もすいませんと言って、同じく頭をさげた。本間の小さな体はさらに小さくなったように真倉の目に映った。
「一次で落ちた子たちには申し訳ないけど、本間さんの実力ならどんな曲でも受かっていたと思うよ。今更やっても」
「違うんです。わたしは……有末くんとペアで出たいんです!」
「お願いします。無茶言っているのはわかってます。でも一曲だけ、一フレーズだけでもいいから今、聞いていただけないでしょうか!」
本間と有末は必死になって何度も頭を下げながら言った。
その様子にさすがの音田と阿多木も困り果てたようで、実行委員長の平沢を呼び寄せた。
「——というわけなんだが。実行委員長、どうする?」
平沢は頭をがしがし掻くと時計をちらりと見て
「今回だけ特別だ。ただし審査員全員の合格が出なければ二人とも失格にする。それでよければだが」
「やります。やらせてください!」
「ありがとうございます!」
本間と有末は即答してステージに駆け上がっていく。二人に迷いはないようだ。
そんな二人を見て作業をしていた人たちも数人手を止め、ステージの前に集まる。真倉と紀見崎も、ある人物を挟みこむようにしてステージの前へ向かった。
有末の合図で曲がかかり始める。聴いたことない曲。有末のオリジナルだ。
「あんたなんだろ? 本間さんに脅迫状を出したのは」
紀見崎のぶっきらぼうないい様に、その人物はびくりと体を震わせた。真倉は努めて優しく言った。
「見て。こうして二人は自分たちの過ちを正そうとしている。だからあなたも許してあげて。ね、絵波さん」
絵波はステージ上の二人から目を動かさずに言った。
「一体なんのことです? 脅迫?」
「二人からすべての事情を聞いたわ。あなたしか考えられない」
「これは二人から聞いた話だ。知らないだろうから、あんたにも教えてやるよ」
ステージで歌う本間の声は少し離れたところにいる真倉の耳にも伸びてくる。有末もまたマイクを握りしめ歌っている。彼も本間に負けず劣らずだ。まだこんな才能が隠れていたのか、と真倉は含み笑いをした。
「はじまりは有末さんが放課後一人で曲を作っているところを、本間さんが偶然見てしまったところからだった。去年文化祭を沸かせた天才少女と作曲の才能をもつ二人を、運命は引き合わせてしまったんだ」
真倉は絵波を見るが、あくまで彼女はステージの上の二人を見つめている。
「曲は未完成だったけど、本間さんは有末さんの曲をすぐに気に入った。彼の曲を歌うのがすごく楽しかった。もっと歌いたいと心の底から思ったんだ。有末さんも未完成の曲にメロディーをつけて歌う彼女の才能に惚れ込んだ。本間さんはこの曲で文化祭に出たいと言ったんだ。だけど」
「だけど?」
そこではじめて絵波に反応がみられた。やはり絵波は知らなかったようだ。
「だけど有末さんはそれを最初拒否した」
「拒否? どうして?」
「自信がなかったからだ。自分で曲を作ってみたい。でもそれは感覚や感性によるもの。自分では良いと思っても、周囲の人たちにそれを受け入れてもらえるかわからず、彼は自分の殻に閉じこもってしまった」
「そんなまさか」
「本当だ。でも本間さんは諦めなかった。こんな素晴らしい曲を出さないのはもったいないと思った。そこで二人は話し合い、妥協案として有末さんの作った曲を実力のある本間さんの名義で出すことを条件に一次審査で歌うことにしたんだ」
「それじゃあ。あの曲は純君から盗んだんじゃなかったってこと?」
「そう。本間さんは今年のライブに出たい。そのためには去年と違うことをする必要があった。そこに有末さんの曲が現れた。対して有末さんは曲を出したい。でもそれをする自信も表現する力もなかった。でもそこに本間さんという歌姫がいた。二人は持ちつ持たれつの、秘密の協力関係にあったんだ」
あの日、音楽室に踏み込んだ真倉と紀見崎はそこで歌の練習をしている本間と有末を目撃し、今までの事情を聞いた。
本間も有末の曲を自分の曲と偽ることに内心ではずっと苦しんでいた。音田に曲のことを聞かれたときも真倉と秋峰の話題になったときも、ずっと自分に嘘をつき続けていた。そのことを悔いていた。
有末もまた、他人に己の自信のなさの尻拭いをさせてしまったことを悔いていた。一次審査に果敢に立ち向かう本間を見て、自分こそ立ち上がるべきだったのだと悟った。
そして本間と有末は自分たちの過ちを改めることを真倉たちの前で約束した。すべての事情を理解した真倉と紀見崎は二人の言葉を信じ、これから二人のすることに一切の口出しをしない、と決めたのだった。
「この話を聞いて俺は思った。幼馴染のあんたなら、有末さんが作曲していることを知っているんじゃないかってね。」
「知ってたわ。もう、ずっと前から。彼はあるアーティストに憧れて中学の頃から曲を作りだしたの。それまでスポーツも勉強もろくにせず、占いだけが趣味の変わり者の彼が、初めて夢中になったのが曲作りだったの。わたしも何曲か聞かせてもらったことがあった。一次審査で本間さんが歌った曲も知ってたわ」
「やっぱり。それにしてもあんたからしたら驚きだよな。審査員として参加した一次審査で、幼馴染の作った曲を見ず知らずの女子生徒が歌いだすんだもんな。しかも自分で作ったとか言い出すし。あんたはそのとき、幼馴染の曲を本間が盗み、自分の曲として歌ったと勘違いしてしまったんだ」
「よくもそこまでわかるもんね」
絵波はがっくりと肩を落とした。
「そしてあの脅迫状だ。『うそつきは二次審査に出るな』の〝うそ〟は自分の曲と偽ったこと。『お前に歌う資格はない』は〝お前に有末の作った曲を歌う資格はない〟という意味。『犯した過ちにもう気づいているはずだ』も一枚目と同じ意味。そして四枚目『あるべきものはあるべき場所に』は——」
「曲を彼の元に返してほしいっていうお願い。ふふ、そんなこともう君にはお見通しか」
絵波はうっすらと浮かぶ涙を手で拭い、笑みを浮かべた。
ステージは大盛り上がりだ。本間も有末も自分の持てる力の限りを尽くして歌っている。歌唱力や表現力、編曲といった技術だけではない。心から湧き出る感情をそのまま歌にのせ、魂を震わせるようにして歌っている。これだ。これこそが歌なんだ。
「絵波さん。本間さんは脅迫のことを俺たち以外、誰にも言ってなかった。俺も真倉サンもこのことを大っぴらにするつもりはない。だから二次審査のあとでいい。ちゃんと本間さんに謝ってくれ。二人が過ちを認め、償おうとしているように」
本間と有末は拍手喝采を受けながらステージを降りた。
「異例の再審査。さて、審査員のみなさんどうでした?」
平沢は審査員たちに順番に問いかける。音田は両手で丸をつくる。阿多木は笑顔で親指を突き出す。関も笑顔で頷き、真倉と紀見崎も、もちろんOKサインだ。
残るは絵波ただひとり。
「何言ってんの。合格に決まってるじゃない、最高よ!」
体育館中から歓声があがった。
歓声にまぎれた絵波の目からは、堰を切ったようにぽろぽろと涙がこぼれた。彼女もまた脅迫という手段に抵抗を覚えていたのかもしれない、と真倉は感じた。
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