第13話 隠された意味
「真倉サン、脅迫状見せてもらえます?」
少ししたところで紀見崎が言った。真倉は四枚の紙を紀見崎に手渡した。
『うそつきは二次審査に出るな』『お前に歌う資格はない』『犯した過ちにもう気づいているはずだ』そして『あるべきものはあるべき場所に』の四枚を紀見崎はじっと見ながら、右のくせ毛をいじり始めた。
「なんか変な感じしないすか? 脅迫にしては回りくどいなって」
紀見崎の言うことがわからず、真倉は聞き返した。
「変ってどういうこと?」
「普通、人を脅すなら『二次審査には出るな』っていう犯人自身の要求をもっとストレートに表すんじゃないかと思うんすよ。なのにそれは最初の一枚目だけで、あとの『犯した過ちにもう気づいているはずだ』も曖昧だし、『あるべきものはあるべき場所に』っていうのも変な言い回しだよ。犯人の要求、言いたいことがかなりわかりにくい。ほかの意味にもとれそうな感じがするというか、わざと言いたいことをぼかしているようにも思えるんすよ」
確かに言われてみればそうだ。本間に二次審査を辞退させたいなら、もっとはっきり伝えればいい。脅迫を受けた人間がその意味を汲み取れないのなら脅迫の意味がない。いやそもそも、意味を汲み取る必要がある脅迫など手間なだけで犯人側になんのメリットもない。
「でも本間さんは脅迫状の意味をちゃんと理解しているみたいだったけどなあ。三枚目の『犯した過ちにもう気づいているはずだ』のときも青ざめてたし」
「ということは、本間さんにはすべての意味が伝わっているんだ。〝うそつき〟も自分がどんな嘘をついたのか。なぜ自分に〝歌う資格〟がないのか。犯人の言う〝犯した過ち〟も、何がどこに〝あるべき〟なのかも、すべて理解している」
「そして全部分かったうえでわたしたちにはそのことを何も言わないでいる」
真倉と紀見崎の間に沈黙が降り下りた。
脅迫状から読み取るなら、本間は何らかの嘘をついたことになる。そしてそれは明らかな過ちであり、それゆえに歌う資格すらないというのだ。
「なんだか本間さんと犯人、二人の間でしか伝わらない暗号でやりとりしているみたい」
「二人にしか伝わらない暗号か。でもそれなら、本間さんは犯人の正体に気づけるんじゃないかな?」
確かに紀見崎の言う通りだ。なのに本間は犯人には心当たりがないと言った。
「犯人をかばってるってこと?」
「それなら真倉サンに相談しないでしょ」
本間の真意がまったく読み取れない。
彼女はどんな嘘をついたのか。なぜ脅迫を受けねばならないのか。そして脅迫の意味を理解しながら、なぜ何も言わないのか。
「こうなったらまた有末くんに占ってもらう? 犯人を」
「占いで犯人がわかれば苦労ないっすよ」
とは言うものの二人の足は自然と二年五組に向かっていた。行き詰った二人からすれば藁にもすがる気持ちだった。
しかし教室には誰もいなかった。
「もう十八時近いよ。きっと帰っちゃったんだ」
そうして教室を出たところで真倉はまずい人物を見かけた。
「やば、国木田教頭だ」
真倉の天敵、国木田教頭だ。
見回りだろうか、無表情で向こうへ歩いていく。タイミングが違えば鉢合わせていたかもしれないと思うと、ぞっとする。
「あっち行こ、紀見崎くん」
真倉は紀見崎を引き連れて、国木田とは反対へ向かおうとしたのだが、紀見崎の目は虚空を捕らえ、直立不動のままその場から動こうとしなかった。
「な、なに。どうしたの」
「あれは、確かにおかしな出来事だ」
それだけ言うと紀見崎は教室を飛び出した。
「ちょっと。廊下は走らないの!」
真倉は早歩きで紀見崎を追いかけた。
紀見崎を追ってやってきたのは音楽室だった。中から声が聞こえてくる。
「本間さんが練習している?」
だが女性の声とはどこか違う気もする。
「彼女だけじゃない」
紀見崎はそう言うと、音楽室の扉を疾風の如く、思い切り開いた。
すべての音が止まる。
中には驚いた表情の本間美緒と、もうひとりの人物がいた。
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