第12話 占い

 本間は真倉と紀見崎を二年五組の教室に連れていった。

「二人は占いとか信じますか?」

「占い?」


「そう。五組の有末純ありすえじゅんくん。彼の占いが百発百中だって今話題なのよ」

 それは知らなかった。


 見ると教室の真ん中に女子生徒が集まっていて、きゃあだとかウケるなどといった黄色い歓声があがっていた。


 ちょうど絵波が占いを受けているところだった。

「恋愛運はやや下がり気味かな。最近うまくいってないでしょ」

「うそ。なんでわかるの」

 絵波は目を丸くしている。

「でも大丈夫。史帆の行動次第でまだどうにでもできる状態だよ。さっきも言ったけど、変な見栄をはらないことが大切なんじゃないかな」


 紀見崎が真倉に耳打ちする。

「史帆って呼んでますけど、二人はどんな関係なんすか」

紀見崎は絵波と握手をしたせいか、どこか気を許している感じがする。というよりこれは恋愛感情か? ともかく紀見崎に交友関係が増えるのは喜ばしいことだ。


「さあ、単なる友達なんじゃない? 有末と絵波は去年同じクラスだったし」

「幼馴染なんだよね、二人は」

 本間が絵波の後ろから肩をつかんで、補足する。


「あれっ珍しい。本間さんに真倉先生まで。二人も占いを?」

 有末の目に紀見崎は見えていないらしい。

「うん。二次審査に向けて。気休めにはなるかなって」


 有末純の机には何やら漢字がびっしりと書かれた本や八角形の、魔法陣のような図形がところ狭しと並んでいた。


 有末は切れ長の目をした穏やかな男子生徒だ。細身で物腰が柔らかいこともあってか、男子といるより女子といるところをよく見かける。

「有末くん、わたしも占いお願いできるかな?」

 本間は有末の左の席に座って言う。

「もちろん」

 有末の周りにいた女子生徒も、二次審査に出る本間のことが気になるのか、たんに占いが好きなのか、興味津々で話の輪に入る。



「たしか生年月日が必要なんだったよね」

「そう。四柱推命しちゅうすいめい

「シチュウスイメイ?」

 真倉が知っている占いといったらせいぜい手相とか星座とか血液型を使うものしかない。あとは水晶。


「四柱推命は中国の陰陽五行説いんようごぎょうせつを元にした占いで、生まれた年、月、日、時間を使うの」

 そう言いながら有末は本間の生年月日をメモし、そこからさらに漢字だらけの本をぺらぺらとめくって何やら調べている。

「これは生年月日を干支かんしに直しているの。ほら子、丑、寅……てやつ。全部で六十通りあるんだよ。生年月日と時間の四つの柱と、六十通りの干支を組み合わせることでより細かく個人をピンポイントで占えるんだ」

 有末は手元の八角形の図形を色々な角度で見ながら得意げに言った。


「ねえ紀見崎くん」

「なんすか」

 今度は真倉がこっそりと耳打ちする。

「占いって信じる? わたし正直そこまでなんだよね。だって血液型占いとかさ、あれ四通りしかないじゃん。人間がそんな簡単に四つに分けられるかって思っちゃうんだよね」

「俺も正直、全然っすね。ただテキトーなこと言ってるだけでしょ」

「君、やっぱりそういうタイプなんだね」


 そうこうしているうちに本間の占い結果が出たようだ。

「そうだね、やっぱり来週の二次審査のことが気になるよね」

 本間はうんうんと首を縦に振る。占いを信じているわけではないが、有末の瞳に吸い込まれ、真倉もつい聞き入ってしまいそうになる。そんな不思議で怪しい魅力を有末は振りまいていた。


「七月は後半になるにつれて徐々に物事がうまくいかなくなるね。今も何かに苦しめられているんじゃないかな」

 真倉はぎくりとした。まさに脅迫のことだ。

「うん。確かに、色々と苦しいことはあるかな」

「でしょうね。でも、あなたの運気も今右肩上がり。今は守りに入っちゃだめ。攻めるときと出ているね。あなたの外の出来事と内のパワーがぶつかりあって、大きな波が形成されている。そしてこれを乗り越えるための力もあなたにはすでに備わっている」


「乗り越える力?」

「そう。君は元から芯の強い人。自分に正直に。疑わず、信じてあげて。それが君の力になるから」


 おお、とギャラリーから声があがった。

有末はそこで、ふうと息を吐いた。まるでなにかの暗号のような漢字だらけの表を読み解く様は、占い師というより探偵のようだ。


「ねえ、真倉先生のことも占っていい? 見てるだけじゃつまらないでしょ」

「え、いいよ。わたしは」

「大丈夫、生年月日さえわかればすぐできるから。ね?」


 女子高生たちの中で生年月日を言わされる大人の身にもなってほしい、と真倉は思ったが、引き下がるには時すでに遅しだった。



「××年十月二十二日よ……」

「てことは——」

 絵波が計算をはじめる。

「あーー、だめ。年を口に出さないの!」

 厄介なギャラリーもいたものである。


 有末の言う通り、占いの結果はすぐに出た。朝のニュース番組の星座占いを除けば、占いを受けるのは人生初の体験だ。真倉は少し楽しみにしている自分がいることに気がついた。


「真倉先生は、あはは。大変だねえ」

 有末はこらえきれずに笑いだした。

「こら。早く教えなさいよ」

「ごめんなさい。えっとね、先生の運勢はこれから右肩下がり。当分上がることはないみたい」

「え、え? 上がらないなんてことあるの?」

「うーん。人生のピークは過ぎたって感じかな。恋愛も当分は何もないみたい」


 なんとも絶望的だ。今まで必死に生きてきたというのに、これから良いことがひとつも起こらないなんてことあるだろうか。

「でも先生っていう職業は天職みたい。先生の性格とか才能とぴったりはまってる。好きでやってることだから成果も出やすいんじゃないかな」

「あ、それが聞けてちょっと安心かも」

 これで仕事までだめなら真倉の精神はもたなかったかもしれない。


「そこの君は? 誕生日いつ?」

 今度は紀見崎に白羽の矢が立った。

「××年七月十日です」

「あら、もう過ぎちゃったのね」

 真倉は残念とばかりに指を鳴らした。


「うーん。なるほど。なんかだいぶ変わってるね、君。ふんふん。二面性があるんだね。知性的な一面をもちながら、結構無謀でもある。頭良いくせにバカっていわれない?」

「頭良いもバカも、どっちもあまり言われないっすね」

「あらそう。ちなみに十月二十二日生まれの真倉先生との相性は最悪みたい。君が六月九日か七月二十日生まれだったら相性抜群だったのに」

 有末はそこまで言うと、大きく伸びをした。三人連続で占いをしたのだ。さすがに疲れもするだろう。


「もしかして残念だった?」

 絵波は少しいたずらっぽく紀見崎に言った。

「全然、別に。ていうかなにが?」

 相変わらずむすっとした顔で紀見崎は言った。平常運行でむしろこっちも安心する。

 だが相性最悪とは。真倉にはとてもそうは思えなかった。むしろ真倉は彼のことをどこか気に入っているところがあるし、向こうもそうであると勝手に思い込んでいた。



 本間は有末にお礼を言うと、二年五組をあとにした。占いが盛り上がり、とっくに十七時半を超えていた。

「すいません、占いなんかに付き合ってもらっちゃって」

「気にしないで。あんなことがあった後だから、無理もないわ。それに結構面白かったし」


 教師が自分の天職という部分だけは信じてもいいと真倉は思った。

「紀見崎くんもどうだった? 占い。憧れの真倉先生とは相性最悪だってね」

「憧れてなんかいないっすよ。それに占いとか俺信じてないすから」

「とかいって、本当はショックだったんじゃないの?」


 ここ数日の本間の様子からするに、脅迫状を受け取った日に比べればだいぶ良くなっているように見える。でもそれはそうしていないと不安に負けてしまうからで、本当は恐怖に怯えているのかもしれない。


 音楽室に着くと本間は改めて礼を言った。

「あれからも脅迫はあった?」

 練習に行ってしまう前にもう少しだけ話しておきたかった。今日が終われば二次審査の日までもう会えないかもしれない。

 本間はポケットから出した紙を真倉に手渡した。

「うーん。『あるべきものはあるべき場所に』か。ごめんね。せっかく頼ってくれたのに何もできなくて」


 紙切れ四枚しかまだ手掛かりはないのだ。犯人につながりそうなことすら何もつかめていない。

「いえ。こうして話ができるだけでもわたしはすごくありがたいです。二次審査まであと三日ですけど、わたし頑張ります」

 本間はどこか頼りなさそうに笑ってみせる。本当は無理しているのだろう。


「二次審査でもまたオリジナルの曲を歌うの?」

「今のところは。でもわかりません」

 本間は考えあぐねる様子で口ごもった。

「わからないっていうのは?」

「あ、はい。実はまだ曲が完成してないんです。だからどうしようかなって」

 土日があるとはいえまだ完成していないというのはかなりまずい状況だろう。

「大丈夫なんすか、それ。間に合う?」

 紀見崎も人並みの心配と関心を向ける。普段が気難しいだけで、案外親しくなった者には優しく接しているのかもしれない。

「大丈夫。もし間に合わなくてもカバー曲があるからさ」


 本間は会釈をするとそのまま音楽室に入っていった。

 音楽室からピアノの音が聞こえてきたところで真倉と紀見崎は歩き出した。

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