第11話 七月十四日

 その日、本間は紀見崎に送らせた。翌日、帰り道では何も起きなかったと紀見崎は律儀にも報告に来てくれた。


真倉は教師、紀見崎は一年生。二年生の本間にぴったりとついていられるわけではない。関われるのはせいぜい本間のクラスの授業時と放課後くらいだ。


 本間は脅迫に屈するつもりは毛頭ないようで、むしろ今まで通り、校舎内でやっていた練習を今後も変わらず続けるらしい。犯人をおびき寄せることも頭に入れているのかもしれない。

 二次審査までの残り数日。それまでこの脅迫は続くのだろうか。



「はい。それじゃあ今日はここまで。みんな、一学期ありがとうね。高二の夏なんだから、宿題なんかぱっぱと片付けて、遊びまくるのよ。それじゃあね」

 そんな不安を抱えながらも授業はこれまで通りに進めなければならない。


 チャイムが鳴る。七月十四日。金曜日。来週の二十一日が終業式のため、一学期の二年二組での授業は今日が最後だ。


「あー。真倉先生!」

 数人の女子生徒に囲まれる。

「先生は夏休みどこか行くの?」

「彼氏? 彼氏?」

 井上いのうえ緑川みどりかわやなぎだ。

「先生はお家でゆっくりする予定。前に話した海外ドラマ、まだ全然観れてないから」

 これは本当だ。教師というのはなかなか自分の時間がとれない仕事なのだ。こうしたまとまった休みでもなければ、ドラマの一気見などできない。


「あ、わたしも最近になって真倉先生に勧められて見始めたんです。めちゃくちゃ面白かったです!」

「えー、本当? わたしも観ようかな」

「え、絶対観た方がいいよ。三話がまじやばいから」

 彼女らも気分はすっかり夏休みのようだ。一か月丸々休めるなんて、大人になった今となってはなかなか考えられない。

「緑川さんは? やっぱり彼氏くんとどこかに行くの?」

 緑川はバスケ部の竹原たけはらと付き合っている。お似合いのカップルだと教師たちの間でも話題だ。

「えー。たぶん行くと思うけど、まだ全然決まってなくて。てか先生は? 彼氏いるのかくらいそろそろ教えてよ!」

「いません、彼氏なんて」

「えー、絶対うそだ」

「本当はいるくせにぃ」

 残念ながらこれも本当だ。誠に不本意ながら。



 次の授業もあるので、教室を出ようとするが、二年二組には本間美緒もいる。二次審査前に関われるのは今日が最後になるかもしれない。

「本間さん、どう?」

 と言ってもあんなことがあったばかりだ。

「今は前向きです。練習もしてるし。今はやるしかないですよね。あ、でも放課後少しだけいいですか?」

「うん、もちろん。これを乗り越えたらもっとすごい歌手になれるかもね。じゃ、また放課後にね!」

「はい、よろしくお願いします」


 真倉はいそいそと教室を出ていく。と、入り口のところで敷居のレールにつまずく。

「おわっとと、と」

 転倒は免れた、が教室内から朗らかな笑い声がする。

「さすが真倉先生! 最後まで裏切らないね!」

 最後の最後まで本当に恥ずかしい。真倉は苦笑いをたたえ、次の教室へと向かった。


その途中、真倉は関とばったり出会した。

「あ、関君。この前ぶりだね」

 関とは一次審査以来、会っていなかった。

「お久しぶりです。真倉先生」

 関は礼儀正しくお辞儀をした。

 次の教室に行くまでの間、真倉は関と話をした。

「関君は、誰に一番高得点をつけた?」

「それってしていい話なんですか?」

「いいんじゃない? もう終わった審査のことは」

 真倉がそう言うと、関は少し困った表情を見せた

「まあいいか。俺は『エアロック』が一番でした。初っ端っていうハードルもあったけど、それ以上のものを見せてくれたので。真倉先生は?」

「私は本間さん。彼女の歌にやられたわ」

 そう言うと関は、少し顔を暗くした。

「本間さんのことで、なにか?」

「いや、大したことじゃないんですけど。俺、去年まで本間美緒と付き合ってたんですよ」

「ええー!? そうだったの?」

 それは初知りだ。というか教員でも知ってる者はいないと思う。

「内緒ですよ? だから今回審査員として参加するのがちょっと嫌だったんです。正直言うと。今年も絶対ライブに出場するだろうと思ってましたから」

関はそこまで言うと、自分はこっちなのでと言って真倉と別れた。



 放課後、約束通り本間は職員室を訪れた。

 そのときちょうど田代先生と紀見崎が話しているのが目に入った。

「あれ、紀見崎くん。本当に君はちょうどいいところにいるね」

 紀見崎は体をびくりと震わせた。

「な、なんか用っすか」

「本間さん、彼も一緒でいいかな」

 一応確認してみる。

「はい、全く構わないですよ」

 紀見崎はしまったという風に頭を抱えた。

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