第9話 歌姫からの相談
一次審査の結果は翌日、七月十二日の昼休みに文化祭実行委員会によって、一階下駄箱横の掲示板に貼りだされた。
真倉はそこに見に行くことはできなかったが、職員室にも同様の案内が出されていたので、時間のあいた放課後に音田と一緒に見ることができた。
『エアロック』に『ハイビート』、『非課金』は合格。もちろん『本間美緒』も合格。全部で十組の名前があった。案の定『ババンドウ』は落ちていた。
「順当といえば順当ですね」
音田が横で腕組みしながら言った。
「二次審査って来週でしたよね?」
「ええ。十八日の放課後に。今度は生徒もいれてやるんですよ」
「あれっ。そうでしたっけ」
真倉は記憶を呼び起こす。
「出入り自由にしてライブ当日さながらの雰囲気の中でやってもらうんです。観にきた生徒にもどの出場者が良かったかアンケートを書いてもらって、審査員と合わせて点数の高い八組が晴れて本番にいけるんです。聞いてなかったんですか?」
そういわれるとそんな気もしてくる。
二次審査に進むだけあって、クオリティに関してはどの出場者も文句なしだ。あとは本番同様の環境でも自分の力を発揮できるかだ。
みんなの前で演奏しても本番に行けない組が二つあるのが不憫に思えるが、そうでもしないと尻に火をつけて、向上心をもって練習できないのだろう。レベルの高い文化祭をやっているというのが城岡高校の売りでもある以上、出場者は相応の覚悟をしなければならない。
「真倉先生、いらっしゃいますか?」
職員室の入り口で田代先生が真倉を探してきょろきょろしている。
「はい! なんでしょうか」
真倉は急いで入り口まで向かう。職員室の外で誰かが待っているようだ。
「真倉先生に話があるそうで」
そう言うと田代は一人の生徒を真倉に通した。
「あれっ。どうかしたの」
そこには一次審査を通過した本間美緒が、昨日までと違い、思いつめた表情で立っていた。
「実は、相談があって」
そこに昨日の歌姫の姿はなかった。
真倉は職員室からは少し離れた、人の少ないところに本間を連れていった。とても一次審査合格の言葉をかけられる感じではない。
「本間さん、どうかしたの?」
真倉はうつむいたままの本間の肩に優しく触れながら言った。
「わたしは……」
本間は言葉を慎重に選びながら言葉を続けた。
「わたしは、卑怯者なんでしょうか」
突然のことに真倉はなんと返したら良いかわからず、しばらく呆然とした。
「えっと。ごめんね。詳しい話を聞かせてくれるかな」
「はい。でも、あまり大事にはしたくないっていうか、その」
本間はまたしてもうつむいてしまった。
「大丈夫、誰にも言わないよ」
それを聞くと本間はいくらか胸のつかえがおりたようだった。
「真倉先生もう知っていると思うんですけど、わたし二次審査にいけることになったんです」
真倉は黙って頷き、話を促した。
「昼休みに下駄箱のところの掲示板で見ました。すごく嬉しかったです。でもその帰り、教室に戻る途中の階段でこんなものが落ちてきたんです」
そう言って本間は紙で包まれた野球ボールをポケットから取り出した。
「こんなものが偶然落ちてくるわけがないと不思議に思って見てみたんです。そしたら」
本間が紙を広げるとそこには大きく『うそつきは二次審査に出るな』という穏やかでない文字が書かれていた。
「これを投げてきた人は?」
本間は首を横にふった。
「突然のことだったし、追いかけようにも男か女かもわからなかったので。それに昼休みなんて人が大勢いるから探しようがなくて」
「まあ、そうだよね」
「それに、これだけじゃないんです。さっき帰ろうとして下駄箱に行ったら、また紙が入ってて。怖かったから、そのままにしてこっちに来ちゃったんです」
一度ならまだしも二度となると明白な意図を感じる。それに、いたずらにしては陰湿だ。
「うーん。平沢君にも一応相談しちゃだめかな。彼、実行委員長だし」
真倉としてもどう対処していいか難しい問題だった。
「そうですね。審査に関係してて、口の堅そうな人なら」
実際に危害を加えられたわけではない本間の心情として、事を大きくしたくない気持ちはわかる。だが、何か起きてからでは遅い気もする。
「そうだ。わたし、ぴったりな人知ってるかも」
「ほ、本当ですか?」
真倉の頭にひとりの人物がむくむくと浮かび上がった。
「うん。審査に関係してて、口が堅いというか無口というか喋る相手がいなさそうな奴」
「そんな都合のいい人がいるんですか?」
本間は藁にもすがる勢いで真倉の手を握った。
「まあね。あっ。早く行かないとその人帰っちゃうかもしれないから。善は急げだし、もう今すぐ行こうか」
真倉は言うが早いか、本間を置いて歩きだした。
「行くってどこにですか?」
「一年六組よ」
真倉は振り返りウインクをしてみせた。
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