不確かな脅迫状

第7話 真倉まどかは追い詰められた

 城岡高校の文化祭は近辺の高校に比べてもレベルがかなり高く、評判も良い。父兄や受験を考える中学生だけでなく、一般の方の来場も多く、こんな文化祭を作ってみたいという思いや、楽しそうな高校だと感じて受験する中学生も少なくない。


 必然的に準備にもかなりの熱が入る。

 その中のひとつ、音楽ライブに向けた一次選考がいよいよ明日に迫っていた。


 まさにさし迫っている。いや、真倉にとっては追い詰められている、といった方が適切かもしれなかった。


「あああ。終わらん」

 真倉は夜の職員室でパソコンとにらめっこをしていた。


 期末試験の結果を入力しているのだが膨大な量だ。真倉は担当クラスを持っていないがゆえに、こうした雑務を回されることが多かった。


「お疲れ様です、真倉先生」

「ああ、お疲れさまです」


 音田おんだ先生だった。今、彼女が話しかけてくることといったらあれしかない。


「明日の一次審査、よろしくお願いしますね」

「ああ。ええ、もう。こちらこそ」

「真倉先生が審査員を引き受けてくださって本当に助かりました。みんなこの時期忙しいからやりたがらないんですよ……」

 音田は声を落として言った。


周りにはまだ仕事をしている教師たちがいる。期末試験が終わり、生徒たちは山を越えた気分だろうが、教師からしたらここからが山場だ。


「いえいえ。わたしはやりたくて自分で手を挙げただけですから。関わることができて嬉しいですよ」

「真倉先生のそのエネルギーはどこからきてるんですか。まったく」


「学校にいると疲れることは多いですよね。でもそれ以上に元気をもらっている気がするんです。生徒たちから。だからもらった元気をわたしも返さなきゃっていう気持ちになるんです」

 真倉は今日一日を振り返りながら言った。今日も色んなところで色んな子と話をした。その度に自分は元気づけられているのだと話をしながら思った。


「真倉先生は本当に学校がお好きなんですね」

「音田先生は学校嫌いですか?」

「とんでもない。大好きな子供たちと関われて、大好きな音楽ができる。これ以上望んだらバチが当たりますよ」


 そう言って二人はふふふと笑いあった。

 音田とは歳が近いこともあり、こうして気楽に接することができる間柄だ。パソコンへの入力も、もうひと踏ん張り。頑張れる気がしてきた。


「それじゃあまた明日。私はお先に失礼させていただきます。お疲れ様です」


 音田は会釈をして帰っていった。

 その笑顔を見て、真倉は沸々とやる気が出てくるのを感じていた。


 二十一時半になる前には終わりにさせたい。明日の一次選考にはなるべく万全の状態で挑みたいのだ。


「おっし。やるかあ」

 新しく買い替えたコーヒーカップに口をつける。慎重に机の奥にカップを戻すと、真倉の指の動きはこの時間には珍しく、加速度的にあがっていった。

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