第4話 検証、推理また検証
真倉たちは嫌がる紀見崎を質しながら、行動をひとつひとつ検証していくことにした。
彼の話をどこまで信じていいかわからないと進藤は疑ったが、真倉は彼が嘘をつくような人には見えないと力説した。
もっともこれは真倉の直感が半分、残りの半分は望みという何の根拠もないものだった。だが真倉は自分の勘も紀見崎のことも信じようと決めた。
昔からそうなのだ。真倉の勘はよく当たるのだ。
ともあれ、彼の話によると、紀見崎は理科のノートがないことに気がつき、授業で訪れた理科室に忘れてきたのだと思い至った。そこで帰りのホームルームが終わってから、理科室に向かうことにしたのだという。
「だけど教室を出たところで面倒な奴につかまってさ。同じクラスの瀬川って奴なんだけど、あいつ自分は暇だからって俺と一緒に理科室に行くって言いだすんだ」
「はねのけたけどついてきやがった。まったく何が面白かったんだか」
結局連れあうことを許しているあたり、本人の気づかぬ心の奥では嬉しく感じているところがあるかもしれない。そう思うと真倉は少し微笑ましくなった。
進藤もそう思ったのか
「へえ、放課後の逢引か」
と少し茶化したように言う。
愛想がない紀見崎の口から女子の話が出てくるのは少し意外に思えたが、案外こういうタイプはモテるのかもしれない。
「なんで最初に職員室で鍵を借りなかったの?」
宇津木が話を進める。彼女の機嫌もすっかり元通りにみえる。
「まさかもうカギがかかっているとは思わなかったんでね」
確かにその通りだ。さすがはスーパーウーマン国木田。仕事が早い。
「理科室に着いてみたはいいけど、扉にはカギがかかってた。鍵を借りに行くのもめんどくさいし、開いてるところもあるかと思ったから、全部の扉に手をかけてみたよ。けど、どれも開かなかった」
理科室の扉は教室の前と後ろの二カ所あるが、紀見崎はそのすべてにカギがかかっていることを確認したということになる。
その後紀見崎たちは、渋々二階の職員室へと向かうことにした。
その道中は誰ともすれ違うことはなく、五分もしないうちに紀見崎たちは目的地に着いていた。
「高校の職員室って初めて入ったけど、中学よりも雰囲気というか空気がゆるくて驚きましたよ。コーヒーのにおいもすごかったし」
それはおそらく真倉のせいである。
どうやら高校の職員室に対するあらぬ偏見を与えてしまったようだ。
「そ、それはともかく、職員室で鍵を借りた後は? また理科室に向かったんだよね?」
顔の引きつりを感じながら、真倉は半ば強引に話を戻した。
「はい。瀬川は職員室で
なんともあっけない幕切れだ。田代先生も芸がない、と真倉は苦笑いした。
その後職員室で借りた鍵を使い、紀見崎は理科室の中に入った。
目当てのノートは予想通り、授業で紀見崎が座った席の近くで見つけた。すぐさま帰ろうとした紀見崎だったが、そのとき開いている窓に目が留まった。
さらにそこから話し声が聞こえてくるのにも気づき、興味本位で顔を出した。これが偶然真倉たちに見つかり、彼らが理科室にやってくるきっかけとなった。
「松村、やったわ。特ダネだわ。理科室の謎の密室事件。これは久々に大きな記事になるよ」
それまでずっとスマホを構えていた松村は嬉しそうに何度か頷いた。
彼はさっきから一言も喋らないが、宇津木とは普段どうコミュニケーションをとっているのだろうか。真倉は妙なところを気にし始めていた。
「密室って。ミステリーじゃあるまいし、大げさだよ」
進藤がたしなめるように言う。
「じゃあなんですか。人体模型がひとりでに動き出して、窓から落ちたとでも? あ、そっちの方が記事になりそう。うふふふ」
「えへへへ」
松村まで笑い出す始末だ。
初めて喋った! と真倉は感動し、きっと宇津木とは言葉を交わさなくとも通じ合う仲なのだろうと得心がいった。
「密室って鍵がかかってて外から入れない、ていうあれだろ。俺が理科室に入ったときには、窓があいてたぜ」
紀見崎が新聞部の二人を見ながら冷静な調子で言った。
「確かに君の言う通り、すべてにカギがかかってるわけじゃない。だけどここは三階で、窓の下は足場もなく駐車場に真っ逆さま。どう考えても人の出入りは不可能。これは密室といっていいんじゃないかな」
宇津木が反論する。
「密室? 一体なんの話ですか」
そこに現れたのは国木田教頭だった。
「教頭先生。現場の方は?」
「警備員さんに人体模型をゴミ置き場に運んでもらって、こっちに来たんです」
国木田はそう言うと、きっと紀見崎をにらみつけた。
「あなたが人体模型を落としたんじゃないでしょうね……」
「だから違いますよ。まったく、どいつもこいつも疑いやがって」
教頭相手だろうがお構いなしに紀見崎は悪態をつく。
その胆力はもっと別なことに使って、と真倉は気をもむ。
「あの、教頭先生。マスターキーはずっと肌身離さず持ってましたよね?」
あまり紀見崎と教頭の話を長引かせてはまずいと感じ、真倉は国木田に尋ねた。
「もちろん。大事なものですからね」
もし犯人が教頭のマスターキーを盗んだのであれば、密室の謎は解けるのだが、どうやらそれはなさそうだ。
「やっぱり。そうですよね」
真倉はおとなしく引き下がることにした。
「マスターキーが盗まれたということは断じてあり得ません。これから戸締りもありますし、なおさらです」
えっ、と全員が声を漏らした。
「教頭先生、まだ戸締りをしてなかったんですか?」
「え、ええ。さすがにまだ。普段なら十七時前後にやってます。まだ十六時半過ぎでしょう」
戸締りがされてないことを責めたいわけではなかったが、そういう風に聞こえてしまったようだ。国木田はまさか責められるとは、という困惑の表情を浮かべた。
それならば、紀見崎が最初に理科室に着いたとき、なぜカギはかかっていたのか。
マスターキーも鍵置き場の鍵も使われてないとするならば一体。
全員が混乱に陥る中、紀見崎のそれまで生気のなかった目がかっと見開かれた。
「そういうことか。なんだ、別に密室でもなんでもなかったんだ。俺はなにを難しく考えてたんだ」
紀見崎はそう言うと目を閉じ、右手でこめかみあたりのくせ毛をいじり始めた。
「どういうこと、紀見崎くん?」
真倉の問いかけに、しかし紀見崎は反応しない。
くせ毛をいじる右手が徐々に速くなっていく。それがまるで彼の頭のエンジンの回転を生み出すかのように。
「だとすると、犯人はどうして……。また新たな謎が出てくるだけだ」
そんなことをつぶやいたかと思うと、紀見崎の右手がぴたりと止まった。
「ねえ、なにかわかったの?」
真倉は耐えかねたように尋ねる。
「この理科室で何が起きたか。その半分がわかった」
元のぶっきらぼうな物言いだったが、真倉はその中にわずかに温かい、紀見崎の人間らしさのようなものを見た気がした。
「最初に言っておくけど、これは密室でもなんでもなかったんすよ」
その場にいた全員の目がきょとんとする。
「俺と瀬川が最初に理科室に着いたときにカギがかかってたのは、戸締りされる前に犯人が理科室に入って、内側からカギをかけてたから。それで説明がつきます。次に、どうやって密室から脱出したかだけど」
そう言うと紀見崎は廊下側の壁際まで歩いていった。
全員が自然と彼を目で追う。
「ここから出たんすよ」
紀見崎は壁の下の方にある引き違いの小さな戸を足先でこつこつと突いた。
「それって
真倉が真っ先に反応した。
教室の廊下側の壁にはたいてい、床に接する位置に地窓という換気用の窓がある。この地窓と外向きの窓をあけることによって、教室の換気ができる。
体育の後の授業では汗や臭いでむわっとするのを真倉も経験している。空気のこもりやすい教室において、換気は快適な授業環境をつくる上で大切なことだ。
「地窓っていうんですね。ともかくここから犯人は出たと思うんです。ほら、ここはカギがかかってない」
真倉たちはこぞって紀見崎の足元を見る。確かに内側のカギはおりていない。
「ちょっと待って。こんな小さなところから人が出られるの?」
宇津木が当然の疑問を投げかける。
「それは今から試したい」
紀見崎はその場にいる人間をぐるりと見渡すと
「真倉先生、でしたっけ? あそこから出られるかやってもらえます?」
「えええっ! なんでわたし⁉」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます