6-3

 それほど広くはない街の中、リアンは数分ほどして平民党の一行が泊まっている木賃宿の裏の通りまで来た。

 成人男性の背丈ぐらい高さがある土塀を助走頼りによじ登り、難なく宿の裏庭へ侵入を果たす。

 地面に降りると土塀を振り仰いだ。

 彼女然り相応の運動能力のある者なら労せずに越えられる簡易な土塀だ。


 ――こんな塀では要人が泊っていても殺すのに苦労しないだろうな。 


 子どもでも侵入できる警備体制にリアンは嘆かわしい気持ちが湧いてきた。

 余計にロスラフの身の危険が不安視されて、宿の中にいるであろうロスラフを探して裏庭を歩き始める。

 建物側面を横切ろうとした時、宴会に使われたと思しきレセプションルームもどきの部屋の窓から明かりが洩れているのが目に入った。

 背をかがめて窓の下まで忍び寄る。

 風通しを良くするためか偶然にも窓は開いており、中から聞き覚えのある青年の声と几帳面そうな渋みを持った初老男性の声の会話が筒抜けだった。


「息子である君にだけは、ジルベルトが襲われた事件の真相を話しておこうと思ってね」


 初老男性の言葉にリアンは胸が疼いた。


 ――もしや平民党の人間が悲劇の真相を知っているのか?


 強い興味をそそられ耳を欹てる。


「真相ですか。どうして今になって?」

「今だからこそだ。ロスラフ君が議席を獲得したら話すつもりでいた」

「それで真相というのは?」


 ――なんだ真相とは?


 ロスラフと意思が疎通したようにリアンは初老男性が打ち明けるのを期待した。


「ここでは差し障りがある。実際にジルベルトが襲われる理由となった場所まで行こう」


 リアンの期待は外れ、真相の究明は先延ばしにされた。


「そこに行けば父さんが襲われた理由がわかるんですね?」


 不服を感じるリアンの耳に、ロスラフの気の逸った声が入ってくる。


 ――そこ、とはどこだ?


 盗み聞きしている会話だけでは『そこ』が示す場所は特定できそうにない。


「そうだ。もちろん見たいだろう?」

「はい」


 ロスラフの緊張と意気が混じった声が聞こえる。


「念のためにフリッカに二人で出ていくと伝えておいてくれないか。ロスラフ君がいないと捜してしまうかも知れない」

「そうですね。伝えておきます」


 部屋の中でロスラフと初老男性の動き出す気配を感じ取り、リアンは慌ててじっと壁に身体を張り付けた。

 足音が遠ざかるとほっと胸を撫でおろす。

 少しすると、部屋の照明が消されて宿の出入り口の方からドアを開閉する音がした。


 ――着いていけば真相がわかるかもしれない。


 ロスラフの護身もあることながら、自分の知らぬ新事実を前には食指が動いてしまう。

 懐中電灯を手に初老男性と歩くロスラフの後を、リアンは密やかに追跡することにした。

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