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ロスラフとフリッカが狸の置物で頭を悩ませていた日、副党首であるユルゲンはインネレシュタットの掃き溜めとまで揶揄される暗黒街のビヤホールを訪れた
このビヤホールは刑務所上りの男が始めた店で、来る客も元受刑者の無頼な者たちばかりのおよそユルゲンのような堅気の人間が入る所ではなかった。
そんな悪の巣窟のようなビヤホールに来たユルゲンは、薄暗く煙たい店内を見回して目的の男を探す。
店内の左隅にあるテーブル席で目的の男が一人先にビールジョッキを煽っていた。
男は浅黒い肌で逞しい肩幅をしており、顎を覆う無精ひげと頬を縦走する傷が真っ当に生きてきた人間でないことを如実に表している。
インネレシュタットにはスラム街以外にも俗に黒人と呼ばれる人種は住んでおり、暗黒街はその最たる例だ。
ユルゲンが近づくと、男はジョッキをテーブルに載せて筋肉で太い腕を上げた。
「よぉ、ラーマンさん」
「……ああ」
粘着質な親しさで話しかけてくる男にユルゲンは淡白に返事をしてから、男の対面にある椅子へ腰を下ろす。
「とりあえず、いつもの物くれよ」
男が横柄な口調で要求した。
ユルゲンはコートの内側から口を紐で括った麻袋を取り出し、無言で男の前に置く。
「そう。これこれ」
男は麻袋を手に取り、口を開けて中身を見る。
袋には紙幣と硬貨が取り交ぜて入っていた。
「毎度ありがとうな。ラーマンさんよ」
「……ああ」
下卑た上っ面だけの礼を言う男に、ユルゲンは大した興味もない態度で相槌を返した。
男は麻袋を腕で囲むようにして身を乗り出す。
「政党の方はどうだい。議席なんて取れそうにないんだろ?」
冷やかすような男の問い。
ユルゲンが眉根を寄せた嬉しくなさそうな面持ちになる。
「……うちの党首がスラム街で慈善活動をしたそうだ」
「あぁ?」
男にとっても予想外の受け答えだった。
「ラーマンさんとこの党首っていや、前党首殿の息子だろ?」
「姪から聞いた話だが、その息子が父親と同じことをやった」
「あの時の再現か?」
「さあ、私にもわからない」
男の続けざまの問いにユルゲンは首を横に振った。
苛立ったように男が舌打ちする。
「スラム街に入らないように言い聞かせたんじゃなかったのかよ」
「忠告は続けてきた。おそらくは誰かの入れ知恵だ」
「入れ知恵? 誰の?」
「それもわからない。分かれば関わらない方がいいと忠告してる」
「雲行きが怪しくなってきやがった」
不愉快そうに男が放言する。
しかしユルゲンは状況をむしろ楽しむように口元を緩めた。
「今回はもしかすると議席を取るかもしれない」
「ほんとか?」
「うちの党首の力量次第だが、あの時のような奇跡が起きるかもしれない」
「ほう、それはめでたいことだねー」
言葉にもない嘲弄を含んだ調子で言った。
ユルゲンは男の態度で気分を害することなく、心づもりのある表情で口元を歪ませる。
「どっちにしろ。私の目的は変わらない」
「ラーマンさんよぉ。また必要になったら協力するぜ」
男が露悪的に口の端を吊り上げた。
「その時になったらまた来る」
ユルゲンはそれだけ告げると席を立ち、店の出入り口へ足を進めた。
彼も決してこの店の空気が好きな訳ではなかった。
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