幕間3 約束
胸飾りの男が広場でパンの配給を始めた。
少女がその噂を聞いて広場に訪れた時には、すでに粗莚で編まれたシートで作られた急設の配給所の前は住人達の行列が出来ていた。
老若男女関係なく貰いに来てくれた者にパンを支給し、感謝の言葉を掛けられてはニコニコと人の良い笑みを返す。
少女は胸飾りの男に名状しがたい求心力を感じ、その求心力の理由を知りたいと強い興味を抱いた。
今から並んでもパンは残っていないだろう、と考えて、行列に並ぶ労を取らず噴水の縁に腰掛けて配給の様子を眺めることにした。
その後もパンの配給はつつがなく進み、昼前には用意した分のパンが尽きたのか胸飾りの男が来てくれた住人達に頭を下げて詫びていた。
配給所の後片付けを始めると列を成していた住人達は残念そうに家路に着き、やがて配給所の前には人気が無くなった。
後片付けを終え、連れ合いの眼鏡の男にも礼らしき言葉を掛けて先に帰す。
胸飾りの男は一人になった途端に伸びをし、ついでの要領で少女に目を向けてきた。
姿勢を戻すと笑顔で手招きする。
不意打ちの誘いに少女が呆気に取られて動けずにいると、胸飾りの男はパンの入っていた紙袋を抱え笑顔で歩み寄ってきた。
少女の前まで来ると紙袋に手を突っ込む。
「さっきからずっと一人で座ってるだろ嬢ちゃん。お腹空いてないか?」
「は……へ?」
当惑で答えになっていない声を返す少女に、胸飾りの男は紙袋からパンを一つ取り出して少女に差し出す。
思わず受け取ってしまう。
「その一個、嬢ちゃんにやるよ」
――この男はパンを配り切ってしまったのはではないのか?
少女の頭に浮かんだ疑問を解くように胸飾りの男は急に照れ笑いをする。
「初めてこの街に来た時から銀髪の嬢ちゃんが俺のこと見てたから、どんな子だろうかと気になってたんだ」
聞かれてないことを口に出すが、少女は自分の存在に気付いたことに驚き呆けた。
胸飾りの男は楽しそうな笑顔で話を続ける。
「嬢ちゃんのためにパンを残しておいたこと、他の奴には内緒だぞ」
「あ、ああ」
「嬢ちゃんの髪色、この街では珍しいんじゃないか?」
「あ、ああ」
肯定とも否定とも取れない歯切れ悪い相槌を返す。
少女の反応に何かを感じたのか胸飾りの男の目に心配が宿った。
「嬢ちゃん。もしかして家族いないのか?」
「あ、ああ。いる」
当惑は抜けきらないが今度はまともな返答になっていた。
胸飾りの男の調子に慣れて自分から話す気になる。
「家に、おじいちゃんとおばあちゃんがいる」
少女の言葉を聞くなり、胸飾りの男は申し訳なさが顔に出た。
「それはすまない。パンをもう二個残しておくべきだったな」
「いい。おじいちゃんとおばあちゃんに分ける」
少女はそう返し、手に持っていたパンを二等分にした。
胸飾りの男が感に堪えた様子で目元を潤ませる。
「優しい子だな嬢ちゃん。おじいちゃんとおばあちゃんも泣いて喜ぶぞ」
「大袈裟」
「大袈裟なもんか。愛する孫に孝行されたら嬉しいに決まってるだろ」
「……」
ついていけない、と少女は感じ継ぐべき言葉が浮かんでこない。
少女の無言を緊張だと受け取った胸飾りの男は、気掛かりそうに腕時計を覗いた。
時間だな、と呟き少女に目線を戻す。
「俺には今年で十四になる息子がいてな。昼食を一緒に食べる約束をしているんだ、帰っていいか?」
少女が頷くと、返事の代わりにまた人の良い笑みで表情を満たした。
「次は遠慮せずに貰いに来い。嬢ちゃんには三個あげるからな」
「……次あるの?」
「それじゃあな嬢ちゃん」
少女が漏らした問いには答えず、胸飾りの男は広場から駆け去っていった。
胸飾りの男が見えなくなると少女は二等分したパンに目を落とす。
どこも汚れてないパンは初めて見た――
「美味しそう」
喜んでくれる祖父母の笑顔を想像して口元が緩んだ。
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