3-2
ドナイティに案内されるまま五分歩いて訪れた中央広場は、インネレシュタットのような都市部では考えられない様相を呈していた。
噴水はあるが水は枯れてレンガ造りの地肌を曝け出し、周囲の寂れたアパートの壁には襤褸布を纏った黒人たちが所在なげに寄りかかっている。存外に高い建物のせいで太陽光は満足に射し込まず、辺り一面が陰気な雰囲気に陥っていた。
「本当のスラム街と言っても過言じゃないです」
中央広場まで案内して来たドナイティが、二人の方を振り向かずに陰々と呟いた。
言葉を失うロスラフとカールへ説明するように続ける。
「この辺のアパートには昔たくさんの人が住んでいたんです。でも今では収入のほとんどない人達しか住まなくなった。それなりに収入のある家庭は自分たちで粗末な家を作り、そこに住むようになった。それが自分の住んでるトタン板の家が並ぶ地域です」
「スラム街でも住み分けがされてるってことですか?」
「そういうことです。シュラーさん」
ドナイティは肯定し、ロスラフに振り向く。
「シュラーさんでもスラム街にさえ格差があることを知らなかったんじゃないですか?」
「はい。自分の不見識を痛感してます」
ドナイティの言葉はロスラフの胸に鋭利な刃物のように刺さった。
漠然と思い描いていたスラム街の黒人たちの生活。
粗末な家に住み、僅かな収入をやりくりして、貧乏ながらも人間らしく生きている。
だが目の前の現実はそれよりも遥かに逼迫している。中央広場にいる人々からは生気が感じられない。
「自分はこれでもスラム街の中では裕福な部類に入ります」
ドナイティが自嘲の声音で言った。
「政府の高官たちはスラム街に住むのは自分達のような生活をしている者ばかりだと思っていることでしょう。外から見えているのが本物とは限らないのに」
「……」
ロスラフは継ぐべき言葉が見つからなかった。
かくいう自分たちもスラム街の実態を知らず、苦しむ人を助けたいなどと宣っていた。
「何かポジティブ要素はないのか?」
沈んだ空気に耐え切れなくなったカールが切り出す。
ドナイティは微笑んだ。
「あります。些細なことかもしれませんが」
「見せてくれよ。呵責の念で押しつぶされそうだぜ」
「わかりました。すぐ近くですので見に行きましょう」
そう言って歩き出すドナイティにロスラフとカールは随伴する。
中央広場を抜けてアパートの間の路地を進むと、陽の光に照らされる木の柵に囲われた更地が広がっていた。
更地の内側では十人を超えるだろう人数の肌が黒い少年少女が地面に腰を下ろし、教師役らしい誰かの話を静かに聞いていた。
「あの土地は一体?」
柵の外から様相を眺めながらロスラフがドナイティに尋ねた。
ドナイティは柔らかい笑みを浮かべて答える。
「学校です。あそこにうちの息子がいるでしょう」
弾む声を出してドナイティが少年少女の中の一人を指さす。
ヨッドは父やロスラフ達の声が聞こえないのか、彼らに背中を向けて座り教師役の人の話を真剣に聴いている。
「これがポジティブ要素か。学校っていうにはちょっとお粗末だな」
カールが残念そうにぼやく。
それでもドナイティは笑顔を崩さない。
「このスラム街には今まで教育らしい教育のできる場がありませんでした。こうして授業を受けられるだけでも喜ばしい事です」
「教えてる人は誰なんです。今まで学校の無かったスラム街の中に授業を出来る人がいるとは思えないんですが」
ロスラフやカールの育った都市部とは違い、スラム街はまともな教育を受けた人は皆無に等しい。
ドナイティはロスラフの質問を予測していたように得たり顔になる。
「スラム街では有名な人です。呼んできましょうか?」
「お願いします」
ロスラフが頼むと、ドナイティは柵を跨いで授業を聞く子どもたちに詫びながら教師らしい他とは明らかに違う黒っぽい出で立ちをした人物に話しかけた。
ロスラフとカールの位置からでは詳しい服装はわからないが、ドナイティと比べて大分背丈が低く華奢な印象を受ける。
教師らしい人物と話したドナイティは申し訳なさそうに頭を下げると、ロスラフとカールのもとへ戻ってくる。
「授業中なので抜けられない。鳶色の髪だけ中央広場の噴水で待っていろ、とのことで」
「ちぇ、偉そうなうえにご指名かよ」
ロスラフ贔屓の対応にカールが悪態を吐く。
一方でロスラフは自分のみ待機を望まれたことを不思議に思いながらも、ドナイティに承知する表情で頷いた。
ドナイティとカールがトタン板の荒屋が並ぶ方面へ引き返すのを尻目に、ロスラフは一人で噴水のある広場へと戻った。
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