2-2

 ロスラフとフリッカは商店を訪ねては買い物ついでの体で党の紹介をして回った。

 フリッカの言った通り商品を購入すると、店主はロスラフの七面倒な政党の話に嫌な顔をせずに聞いてくれた。

 快調な滑り出しで始まった二人だけの選挙活動は四店舗目に入った。

 店先のショウウインドウを見たフリッカが隣を歩くロスラフの肩をつつく。


「ねえロスラフ」

「何、フリッカ」


 振り向いたロスラフの表情にどうしたのという疑問符が浮かんだ。

 フリッカは好奇心の浮かんだ顔で店先のショウウインドウを指さす。


「あれ見て」

「どれ?」


 フリッカの指さす方向を目で追うと、ガラスの向こう側に得体のしれない生き物を模した置物が首を傾げたような格好でふてぶてしく鎮座していた。

 置物の顔はちょっと滑稽で太鼓腹を突き出して丸っこい体型をしている。二人が見ているのは日本製の狸の置物だ。


「なにあれ?」

「私もわかんないけど、あまり見ないわね」

「あまりっていうか一度も見たことない」

「気になるわね。お店の人に聞いてみましょ」


 フリッカは呟くとロスラフの断りもなく店の入り口を潜った。

 ロスラフもウィンドウの内側にある置物が気になりフリッカに追随する。

 店内に入ると、清潔なフロアの奥へ向かって三列並んだ陳列棚に様々な骨董品が置かれていたが、客は少なく二人以外の姿はなかった。

 それでもフロアの奥にカウンターがあり、その内側で黄土色のニットを着た老人男性が椅子に座って分厚いカタログを読んでいた。

 老人はロスラフとフリッカに気が付くと、カタログを持ったまま椅子から立ち上がって矍鑠とした足取りで近づいてくる。


「いらっしゃい。どんな物をお探しかの?」

「可愛い置物ありますか?」


 フリッカが純粋な買い物客らしい笑顔で訊いた。

 老人は考えるように視線を上げて、フリッカの斜め後ろにある棚を指さす。


「お嬢さんの言う可愛いの基準がわからんが、あれはどうかの?」


 フリッカが老人の指を追うと、棚の中段に水色と黄色の小鳥を模したガラス製の置物が陳列されていた。

 水色と黄色はそれぞれ別の品だが色以外の仕様は同じで、並べて置かれていると仲の良い番いのようにも見えてくる。


「うわぁ。可愛いですね」


 フリッカが感嘆の声をあげる。

 老人は人の良い笑顔で浮かべた。


「どうかね。お二人で買えばお揃いで似合うぞ」

「だってロスラフ?」


 老人の勧めを聞いたフリッカが喜色を見せてロスラフに伺った。

 ロスラフは目的を忘れて買う気が満々のフリッカを宥めるように苦笑いする。


「もう少し色んなもの見てから決めようよ。他にも気に入る商品があるかもしれないし、お店の人の話をいろいろ聞きたいからさ」

「……それもそうね」


 ロスラフの意図を察して素直に頷いた。

 二人の買う決断を待っている老人にロスラフの方から笑いかける。


「すみませんが、さっきから気になる物があるんです」

「どれのことかね?」

「店先のウィンドウから見えた、あれです」


 ロスラフは自分達に背を向けている狸の置物を指し示した。

 ほう、と老人が感心したような声を漏らす。


「あれに興味がおありかの?」

「ええ。見たことない置物だな、と思いまして」

「お客さんが見たことないのも無理はないの。あれは日本製の物じゃから」

「日本ですか。次のオリンピック開幕地に選ばれた」

「ワシの祖父はかつて日本に住んでおっての、その時期に日本から買って持ってきたらしいものの一つじゃ。見えるところに置いておくだけで縁起があるぞ、と言ってたわい」


 祖父の生きた時代を忍ぶような口調で語る。

 置物が見える位置にある経緯を知り、ロスラフは腑に落ちた思いで狸の置物を眺めた。

 強い興味で「へえ」を繰り返していたフリッカが老人に尋ねる。


「置いておくだけで縁起があるって、どんな効果なんです?」


 フリッカの問いかけに老人は記憶を捻りだすように眉を顰めて天井を仰ぐ。


「客を招き寄せるとかいった運勢に関する効果だった気がしたのじゃが」


 見るからにうろ覚えの口ぶりで答えた。おそらく老人は招き猫と混同している。

 フリッカの目がいきいきと輝く。


「私たちにピッタリじゃない。客商売じゃないけど色んな人を招き寄せたいもの」

「お二人の職業は何かな?」

「政治家です」


 はきはきとフリッカが明かした。

 ロスラフは紙封筒から資料を出して老人に見せながら平民党の説明をする。

 老人は相槌を打ちながらロスラフの話を聞き、話し終えたところで温厚に微笑んだ。


「そんな政党があったんじゃな。知らんかったの」

「ですよね。これを機に名前だけでも覚えてもらえれば」

「選挙はどこに投票すればいいかわからないからの。いつも投票してなかったわい」


 老人の打ち明けに、ロスラフは一市民単位での政治への関心の薄さを思い知った。

 皆が皆、有社党を支持しているわけではないのである。


「余計なお節介かもしれんが、若いお二人を応援したくなるの。気が向いたらお二人の党に投票するかのう」

「ぜひとも。清き一票をお願いします」


 定型句を言いつつ、ロスラフは心の中で諸手を上げた。

 たかが一票、されど一票。一票の積み重ねが大事だ。


「ロスラフ。あの置物どうするの?」


 フリッカが話題を狸の置物に戻す。

 応援してもらっておいて商品を買わないのは礼を欠く気がした。


「いくらです?」


 コートから財布を取り出しながら老人に尋ねる。

 老人の告げた金額をきっちり支払った。

 購入した置物は後日に郵送で事務所に届くという。

 一票を掴み取ったようなものだが、反対にロスラフの懐は掴み取るものが無くなりそうなほど軽くなってしまったのだった。

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