第8話 両親への挨拶

 仕事を始めて一ヶ月。

 私が書類仕事を手伝っているのもあって、王賀の仕事量が落ち着いてきた。

 そこで、ついに私の両親に結婚と別れの挨拶に向かうことになった。

「夢枕に霊が立つって言うけど、夢じゃなくて良かったの?」

「ええ、実際にお会いできるならその方が」

「でもさ、出てくるところもうちょっと何とかできない?」

 かく言う私たちは、叶家先祖代々の墓から出てきたところだ。

 墓石がワープポイントのようになっているのだ。

 夕暮れの墓地には誰もいなかった。

 お盆が近いから、わざわざこのタイミングで墓参りに来る人も居ないのだろう。

 墓地から家までは私が案内する。

 懐かしい道を歩く。

 もう二度とは来られないかもしれないと思いながら。

 王賀と手を繋いだ。ひんやりとしてはいたけど、手を繋ぐと不思議と気持ちが落ち着いた。

 自宅の玄関を開ける。

「ただいま」

 声を掛けて中に入る。

 王賀には靴を脱いでくれるよう声を掛けた。

 彼はこの日のためにあつらえた現代服を着ている。

 髪型も現代に合わせて切ってくれた。(これはかなりの覚悟だと思う)

「あれ?彩英!最近全然連絡着かないから心配してたのよ」

 母が台所からリビングに出てきて私を出迎えた。

「ごめんなさい。ちょっと中国にいて……」

「中国!ちょっと待って、詳しい話はお父さんも一緒に聞くから!」

 母は大急ぎで父を呼びに行った。

 現れた父はパジャマ姿だった。慌てていたのが分かる。

「さ、彩英。その、後ろの人は?」

「彼氏、です。この人と結婚します」

 本当はもう結婚しているのだけれど、両親の手前そう言った。

 父はへたへたとその場にへたり込んだ。

 母は「ちょっとお茶出すから、そっち座ってて」と私に指示して台所へと引っ込んだ。


「それで、どういうことなの?」

と母が尋ねた。

「前の彼氏と別れて、中国に気晴らしの旅行に行ったの。そしたらそこで知り合って、意気投合して、結婚しようって決めたの」

「中国の人?」

「中国の人」

「初めまして。王賀といいます」

 王賀は私が教えたとおりに片言の日本語で言った。

「初めまして。彩英の母の夏恵と父の冬彦です」

「その王さんは、どうして娘のことを気に入ったんですか」

 復活した父が尋ねた。

「一目惚れです。でも、知れば知るほど、彩英さんを好きになります」

 これは教えていない。

 びっくりして彼を見ると、王賀は頑張ったでしょうとでも言うように私に目配せした。

「それで、結婚して向こうで暮らそうと思ってるの。仕事ももう見つかってる。大学はやめることになってしまって申し訳ないけど、向こうの方が研究する環境も整っているし」

 両親には仕事がもう始まるので、大学の退学届や住んでいる寮の引き払い手続きができないと言って後の処理を頼んだ。

「急なことになってしまい申し訳ありません」

と、王賀は深々と頭を下げた。

「この子はその、頑固な子でね。一度言い出すと聞かないんだ。あんなに好きだった大学をやめる決意をしたんだから、相当君に惚れ込んでいるんだろう」

「娘をよろしくね。あとね、この子。物理的にも石頭だから気をつけてね。お父さん、八才の彩英の頭突きで前歯折られちゃって差し歯なのよ」

「脳震盪起こしたこともあるぞ」

「しっ、黙って!」

 私たち親子の遣り取りを見て、王賀はからからと笑った。

 意味は伝わっていないのだろうけれど、雰囲気で察するものがあるらしい。

 母は「あなたの彼氏、良い男ね」と耳打ちした。

 その日は、私の家に泊まった。

 そして、日が昇る間際に飛行機の時間があるからと家を辞した。

「結婚式には必ず来てください」

 別れ際、王賀が両親にそう話していたのを知ったのは、随分と後になってからだった。


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