第7話 反省会と平手打ち

 帰宅後、私は就寝前にベッドの上で王賀と向かい合い、今日の出来事について真剣に話していた。

 そう、楊梅玉の一件だ。

「それでね、今日の梅玉さんへのあの仕打ち、本当に最低だと思うの」

「そうかな」

「やりすぎ。あんなことされたら傷つくでしょう」

「これまでは彼女が傷つかないように精一杯言葉をかけてきたけれど、どうにもならないようだったから」

「だからって、極端すぎる」

「でもね、彩々。君には彼女の気持ちがよく分かるかもしれないけれど、何百年とあの調子で言い寄ってこられた僕の気持ちはわからないでしょう」

 少しむっとした様子で彼は言い返した。

「そうかもしれない。あなたの気持ちが傷ついて良いわけじゃないけど。でもあんなことして事態は良い方に転んだ?」

「あの子が傷つけただけだったかもしれない」

「それに、あなただって浮かない顔してる」

 私が言うと、王賀は図星を突かれたのか、私から目をそらした。

「もう一度聞いてもいい?なんであんな事したの?」

 どこから話せば良いのか……と言いながら、王賀は話し始めた。

「初めてあの子にあったのは、あの子がまだ九つの時だった。母御が早くに亡くなって父御がひとりで大切に大切に育てておられた。仲良くなったきっかけは、あの子が迷子になっていたのを父御に送り届けたからだった。それから、街を訪れたときは必ず挨拶に行っていた。一年余りが経ち、武科挙の試験の前日、梅玉の父御はまた迷子になったあの子を探していた。その後は、前に話したとおりだ。あの子は助かり、僕は死んだ」

 そこまで言うと、王賀は嘆息した。

「だからあの子は何才になっても僕の中では十の女の子のままなんだ。それに、父御が大切にしておられたこともよくよく知っている。いつまでもこんなところに居ずに新しい人生を始めて欲しいんだ。なのに小妹はいつもあの調子。わかってもらえたためしはない。それならいっそ、愛想を尽かしてもらえたら、と思ったんだ。そのうえ、君のことを悪く言われて気が立っていた」

 そこまで言うと、王賀はこめかみを押さえて考えこんだ。

 そして考えをまとめ終わると、真っ直ぐに私の目を見て、

「君の言うとおりだ。僕が配慮に欠けていた」

と、彼は言った。

「明日、小妹に謝ってくるよ。それから、ちゃんと説得してみる」

「そう、それなら良かった」

 私は安堵した。

「寝ようか」

「遅くまでごめんなさい。ありがとう」

「こちらこそ。それじゃあ、おやすみ」

 この晩も、彼の胸に抱かれて眠った。始めは確かに緊張していたはずなのに、いつの間にか、それが安心する距離感に変わっていった。


 翌日、王賀は仕事に行くより早く出かけていった。

 梅玉に謝るためだ。

 上手くいってくれると良いと願いながら、私は王賀を見送った。

 さて、私も出仕二日目だ。

 着替えてお弁当を用意する。

 この家の台所は昔式でかまどで煮炊きをするが、火種が現世と違う。

 なんと鬼火で調理するのだ。

 鬼火には簡単な意思があるので、火起こしや火力の調節は口頭で鬼火に指示するだけで良い。IHかと錯覚するくらいお手軽だ。

 私は小一時間ほどで、二人分のお弁当を拵えた。

 中身は日本式だ。葱入りの卵焼きに、焼き鮭。蓮根のきんぴらに、にんじんしりしりとおむすびで全部だ。

 王賀の口に合うかは分からないが、私の口に合うことは確定なので、気にせずに行こうと思う。量は多い目に作った。どのくらい食べるか把握しきれていないからだ。

 昨日の一件で道を覚えたので、戸締まりをして冥府へ向かう。

 昨日のうちにIDも発行して貰えたので、私もすでに立派な職員だ。

 IDを見せれば門番にもすっと中へ通して貰える。

 そういえば、王賀や黄仁もこうしてIDで中に入っているのだろうか。

 そう思うとなんだか可笑しくなった。

 王賀はまだ来ていなかった。

 先に来ていた黄仁が「一緒じゃなかったのか?」と言いたげな視線を寄越したので

「彼は所用があって」

と、曖昧に笑っておいた。

 始業間際、王賀が駆け込んできた。

「珍しいな」

と、黄仁が言った。

「ちょっと用事があって」

 そう言った王賀の頬には小さな平手打ちの痕があった。

「し、失敗した・・……?」

 小声で尋ねると、王賀はくすりと笑って

「大丈夫、成功した」

と、わたしに耳打ちした。

「じゃあ、それは?」

 頬を指さすと「出会い頭に一発」と王賀は頬を摩りながら笑った。

 彼の経験上たいしたことは無いらしいが、私は手拭いを濡らしてきて、彼の頬を冷やして貰うことにした。

 私は井戸に水をくみに行ったので、執務室で「甲斐甲斐しいな」と黄仁が言い、「心配して貰えているようで良かった」と王賀が言ったのをついぞ知らなかった。


 やがて昼食という位置づけの夕食の時間がやって来た。

「今日はお弁当を作ってきました」

といって、お弁当を取り出すと、王賀と黄仁はお弁当に釘付けになった。

 蓋を開けるともっと物珍しげに中を覗き込んだ。

「見たことのない料理ばかりです」

 王賀が言うと、黄仁がうんうんと頷いた。

「お口に合うか分かりませんが、召し上がれ。多めに作ってきたので黄仁さんもどうぞ」

 お弁当は王賀には大変好評で、黄仁には蓮根のきんぴら以外は好評だった。

「こんなに料理が上手だったなんて知らなかったです」

 王賀が言った。

「そりゃあ、料理は今日初めて作りましたから」

 これまでは王賀がどこからか買ってくる惣菜が食事の中心だったのだ。

 あとはゆで卵。

「僕はゆで卵しか作れないので、尊敬します」

 あのゆで卵は彼が作った物だったのか、と得心がいく。

 道理であれだけが温かくて出来たてだったはずだ。

「ゆで卵、美味しかったですよ」

 そう伝えると、彼は照れくさそうに微笑んだ。

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