第6話 ここで働かせて貰いたいのです

 剣を届けたら帰るつもりで居たのに、私はそのまま王賀の執務室に招かれた。

 同僚と二人の小さな執務室である。

 王賀の同僚は、黄仁という名で、背が高いだけでなく体格が良く、今でいうプロレスラーみたいな肉付きの御仁である。性格は温和で、口数少ないが、良く気の利く人である。

 初対面だというのに、王賀の妻が異様に疲れた表情をしているからと、薬湯を持ってきてくれたくらいだ。

 疲れた表情をしている理由を、恥を忍んで打ち明けると、うんうんと聞いてくれて

「それは王賀が悪いな」

と、私の意見に賛同してくれた。

 それにしても、と周囲を見渡す。

 書類が山と積まれている。

 しかも、毛筆で手書きだ。

「これって、何の書類ですか」

「孤魂野鬼を連行した時の報告書だ」

「手書きですか」

「ああいうのもあるが、俺たちにはわからん」

 黄仁が指し示す先を見ると、書類に埋もれた複合プリンターとノートパソコンがあった。

「あれも在りなの?」

「使える者は使っている」

「ちょっと拝見」

 書類を見せて貰うと、現代中国語ではないようだったが、書類によって文体が違い、方言や各時代による言語の違いを超えて渾然一体となった謎の報告書ができあがっているようだった。

「これって現代中国語の普通話で書いても良いの?」

「むしろそれが推奨されている」

「でも中々難しいんですよね」

 私は、ちっとも整理されていなければ、中身も無茶苦茶な報告書に、はあ、と溜息をついた。

 そして、決めた。

「無職よりは良い。ねえ、またあの無常様にご挨拶できません?」

「うん、この奥にいらっしゃるけれど……」

「では、案内してください」

 私は王賀を急かして、無常を尋ねることにした。

 冥府の立派な柱が並ぶ廊下を歩いていると段々緊張してきたが、大丈夫だ。

 女は度胸。

「王賀です。入ります。妻とご挨拶に参りました」

「入れ」

 部屋の奥から威厳のある立派な声が聞こえてきた。

「ご無沙汰しております。彩英でございます」

「此度は大変だったな」

 廊下での騒ぎをご存じなのか、二柱の無常は私をねぎらった。

「いいえ。段々と騒ぎにも慣れて参りました」

「そうか、そうか」

「実はこの度、お願いがあって御前に参りました」

「願い、とは」

「夫と一緒にここで働かせて貰いたいのです」

 そういうと、白無常と黒無常は、顔を見合わせた。

「先ほど、夫の執務室を拝見しましたが書類の扱いがあまりにもひどく目に余ります。私が手伝ってきちんと整理し、提出するものは迅速に提出いたしますので、何卒、ご一考ください」

「彩英……!」

 王賀は止めるように私の名を呼んだが、無常たちは乗り気だった。

「自信があるのか」

「パソコンとプリンターが使えると聞きました。書類内容も現代の普通話でよいと聞いています。私でも可能かと」

「よし、わかった。採用しよう」

 こうして私は無事、冥府に登用されることとなり、無職を脱した。

 私はその日から、仕事に取りかかった。

 先ずは書きかけの報告書と書き終わった報告書の仕分け。

 次に書き終わっている報告書の中から、決裁後返却済みの物を選り分けた。これは後日綴じ紐で閉じて分類する。

 書きかけの報告書は、二人から聞き取りをして、内容をメモに起こした。

 これを明日から、パソコンのワープロソフトで書き起こしていく。

「楽しそうですね」

 王賀が言った。

「私、家でじっとしているの嫌なんで。これからよろしくお願いします、先輩たち」

「お前さんの嫁さんは、なかなかの才媛だな」

 黄仁が感心したようにいった。

「今時はこれくらい当たり前ですよ」

 三人で明け方まで仕事をして、途中屋台で食事をしてから帰った。

 仕事のおかげで充実した日にはなったけれど、楊梅玉のことが、私の心の中にいつまでも引っかかっていた。

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