第3話 鬼市へ
冥界も、七日ごとに休みがあって一週間刻みで動いているらしい。
今日は星期天──日曜日。私が王賀に嫁いでから五日が経っていた。
昨日まで働きづめだった王賀も、今日は休みをもらえたらしい。
「今日は市に行こうと思う」
と、身支度を調えながら、王賀は言った。
「市?」
市と聞いて、私の頭には二つの市が思い浮かんだ。
一つ目はよくある「蚤の市」だ。日曜日に広場に市が立ち、さまざまな品物が並ぶ。
青空の下で人々が賑やかに行き交う。できればこれがいい。
二つ目が「鬼市」だ。これこそが、亡者のための市。深夜になると荒廃した墓地などに大きな市街ごと突如として現れるという。亡者達は焼いた紙銭を使ってここで買い物をする。人が迷い込むと、後日高熱を発して寝込んだり、突然死したりすると言い伝えられている。
「市は夜からだから。昼の間はゆっくりしていよう」
鬼市だ。鬼市決定だ。
昔話で鬼市で麺を食べたら後からミミズだったことが発覚する話がある。
私は絶対食べ物には近寄らないぞと心に決めて、王賀に「わかった」と返事をした。
日が暮れて、私は王賀と一緒に家を後にした。
家を出て間もなく「あの、お願いがあって」と、王賀は言った。
「手を繋いでも良いですか」
「えっ、手を……?」
「あの、せっかくのデートなので……」
消え入りそうな声でだった。
「わ、わかりました」
私が手を差し出すと、王賀は嬉しそうに「ありがとう」と言った。
手を繋いで歩き出す。
止まったはずの心臓がドキドキする。
死んでいるから手汗を掻かなくて済むのが本当によかった。
もしお互い生きていたら、私が彼に惹かれているのがばれてしまったに違いない。
どれぐらいそうして歩いていただろうか。
恥ずかしくて俯いていたからよくわかっていないのだけれど、大体小一時間くらい歩いたと思う。
「着きましたよ」
王賀の声に顔を上げると、夜の闇の向こうに、明かりに照らされる大きな城門があった。
大きな城門をくぐると、その先は宋代の絵画「清明上河図」で見るような古い都市の賑やかな光景が広がっていた。整備された街路、道行く様々な年代の衣服を着た人々、馬や牛が引く車。運河には船が行き交う。道には商店が建ち並び、茶館や居酒屋だけでなく様々な出店があって、色とりどりの幟がはためいている。
そんな光景が闇の中に煌々と照らし出されて、なんとも言えず幻想的だ。
「すごい……。ずっとここにいたい……」
私は恍惚として溜息をついた。
「さあ、まずは彩々の服や日用品を買いそろえよう」
私は王賀に手を引かれ、待ちの中へと一歩踏み出した。
美しい街並みの中を手を引かれ歩いて行く。
彼の背中は、凜としていて大きい。
愛しいという気持ちが沸いてくるけれど、これはきっとストックホルム症候群か、待ちの雰囲気に飲まれたかのどちらかだと思う。
王賀はまず、服飾店で、私に様々な服を着せてあれが可愛い、これも似合っていると褒めちぎって、気に入った分はすべて買い与えてくれた。
「こんなには貰えないよ」
そう断ったが、生活していくのに必要だからと押し切られた。
幽霊も、着たきり雀では居られないらしい。
私に選ぶようにと言って自分は向こうをむいて、下着まで買ってくれた。
その後町を回り、食器や茶器なども二人分買い足した。
「そろそろ夕食だけれど何か食べたいものは?」
そう訪ねてくれたが、私は昔話を思い出して
「あんまり食欲が……」
と俯いた。しかし、それを台無しにするように私の腹の虫が鳴いた。
悲しいかな、幽霊でもお腹は空く。
「その、ミミズとかムカデとかじゃないお料理でお願いします」
王賀は笑った。
「そんなのは一部の店だよ。大丈夫」
王賀おすすめの茶館で夕食を摂ることになった。
大きな茶館の小さなテーブルを二人で囲んだ。
「食事の後、どこか行きたいところはある?」
王賀が尋ねた。
私は、少し悩んで「本屋さんとかある?行けるのなら本屋に行きたい」と答えた。
「もちろん。このすぐ近くにあるよ」
「ありがとう。楽しみにしてるね」
食事は温かく、どこもおかしな点はなくて、充分に美味しかった。
食事の後、王賀は約束どおりに、私を書店へ連れていってくれた。
そこにはあらゆる時代の中国の書籍が並んでいた。
「待って、待って待って!これ!既に失われて書名しか残っていないやつ!」
私は興奮で卒倒しそうだった。
「すごい……。ずっとここにいたい……」
私はこの鬼市に来て二度目の台詞を吐き出した。
王賀が苦笑している。
私は読みたかった本を一冊だけ買って、書店を後にした。
後は帰るだけだ。
帰り道も王賀と手を繋いだ。
その日は、少し肌寒くて、彼とくっついて眠った。
体温なんて無いはずなのに、こうして二人くっつくと、少し温かいような気がした。
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