図書セラピーはいかがですか?

中花

第1話 厄介な先輩

「さぁしゅう、行くぞ!今日も依頼が来たんだ、部室を整えて準備しないとな!」

「判りました、判りましたから手首掴んで引っ張らないでくれます?周りの視線が痛いんですが」


放課後。

本来ならば下校したり、部活に行ったり、はたまた友人と歓談したりと自由にする時間。


そんな時間に、俺は部活の先輩に引っ張られ廊下を走らされていた。

周りの好奇の視線が正直痛い。偶に同情の視線を向けてくるやつもいるが、多分そいつはこの人と同学年なんだろうな。同情するなら助けてくれ。


「愀、遅いぞ!はやくはやく!」

「ハァ…先輩が速すぎるんですよ。廊下は走ってはいけません」


都合の悪いことはさり気なく聞かないようにしている先輩を見て、もう一つ溜め息が出る。


まじで。


ど う し て こ う な っ た 。





そもそもの事の始まりは2ヶ月前。

その時の俺は、これから始まる高校生活に胸を躍らせていた。誰だって新生活が始まるときは期待と不安を等分して掻き混ぜた感じの心情をしているもんで、俺だってそれは例外じゃない。まぁそんなわけで、俺は辺りをきょろきょろ見回しながら割り当てられた教室に入った。どうやら張り切りすぎたようで、教室には誰も居ない。早く来過ぎちまったな、とか呟きつつ俺はご丁寧に名前が貼ってある自分の席に座った。

やることもないんで取り敢えず読書でもしてるか、っていうのは妥当な考えだと思うね。暇つぶしにはもってこいだ。で、鞄適当に漁れば本が5〜6冊。そのなかから選ぶのは面倒だったのでこれまた適当に手に触れたやつを掴めば尾崎紅葉の「金色夜叉」だった。なんだって俺はこんなんを読もうと思ったんだろうね?

そこそこ厚かったからこれで良いかと読み始めたものの、やっぱ文体難しいぜ。けど読み進めていくうちにのめり込んでしまうようなストーリーは良かったね。

なんて講評を言えるのも今だからで、流石にその時は焦った。

何故かって?俺はその時高校生活最大の失敗を犯したからだよ。

まぁ、要するに。


本にのめり込みすぎて、他の奴らが来たことに気づかなかった。


というわけだ。

つまり、俺は友達作りに2歩ぐらい出遅れたのさ。幸いその後幾人かに話し掛け友人と呼べるであろう奴らは出来たが、こん時もっと他の奴らと話していれば、或いは俺も目を付けられなかったのかもな。何言っても後の祭りではあるが。


んでもって、始業式を半ばうつらうつらしながら切り抜け、担任の教師の「部活決めとけよ、見学は自由だからなー」というSHR終了の声を聴きつつ、何個か見学しに行くかと席を立った。


その時だ。


「教室に入るぞ」


涼やかな声が鼓膜を揺らした。

声が聞こえた方に体を捻ると、そこにはこれまた目を疑うレベルの綺麗な人がいた。

「…なんだあの美少女は」

若干癖の付いた黒髪はショートカットに切られ、好奇心に輝いた瞳とともに潑剌はつらつとした印象を与えている。すっと通った鼻梁、桃色の唇は何処からどう見ても美人と呼ぶに相応しいほど整っており、見るものを圧倒するオーラさえも纏っていた。

「なぁ陽太、ありゃ誰だ?」

俺はつい先刻まで「一緒に部活見学行こーぜ!」と

話していた河本陽太に訊いた。すると、驚愕の面持ちが返ってくる。

「は、おま、あの人知らねーのかよ。超有名人の寿々川緋彩すずかわひいろ先輩だぜ。容姿の美しさもさることながら、かなりの変人としても名を馳せてる。でもやっぱ実物はちげぇな。あれだったら多少性格に難があろうが付き合いたいぜ」

高嶺の花だろ、そんな人。

俺達が小声で話している間に、寿々川先輩とやらは教室に入ってきていた。誰かを探すように辺りを見回す。

「…見つけた」

そして、彼女は俺達の方へ歩いてきた。

「おい、そこのお前」

そう言ってビシッと向けてきた人差し指は…

うん、俺を向いている。見間違いではない。

出来ることならば人違いであってほしかった。

「…俺っすか?」

「お前以外にこの指が指している人間がいるのか?いたらボクの目の前に連れてきてくれ、生憎と視力は2.0でな」

確かに変人だな。つーか視力は2.0ってなんだ、普通に良いだろ。

「ええ、確かに居ませんね。で、有名人の寿々川先輩が何の用ですか」

「話がある、此方に来い」

強引だな、この人。

そして俺は(腕を掴まれ強制的に)非常階段の踊り場へと向かった。

「で、なんすか話って」

「お前、好きな小説はなんだ?」

…は?

何がしたいんだこの人は…?

「…好きな小説?」

「嗚呼」

先輩は至って真顔で肯定した。如何どうやら冗談や揶揄からかいでは無いらしい。

「…強いて言えば、芥川の『鼻』ですかね」

「ほう。何故だ?」

何故と言われても。

「理由はない…か」

「本を好きなのに、理由なんて二の次でしょう」

好きなら好きだけで良い、と俺は考えている。

「そうか。なぁお前、読書は好きだよな?」

なんだそのYES以外選択肢が無さそうな質問の仕方は。実際嫌いではないが。

「まぁ、好きっすよ」

「そうか」 

…。

気不味っ!

何だこの沈黙!すっげー気不味い!

「ふふ、あはは、気に入った」

と思ったら急に笑い出した。俺変なこと言ったか?

「お前、入る部活は決めているか?」

「決めてないっすよ。楽なやつにしようと思ってました」

「ますます好都合だな。なら、お前は図書診断部に入れ」

図書診断部?聞いたことがない。

「お前の望む通り、普段は暇だ。宿題も読書もし放題だし、面倒な先輩も少ない。どうだ?」

心が揺れた。良く判らないが、言葉通りなら素晴らしい部活だ。

「それは…本当ですか」

「ボクは嘘を付かないぞ?」

途轍もない優遇条件プラス目の前で美人に微笑まれるという説得方法は中々に効果覿面だ。

「…判りました。入りましょう」

「そうこなくてはな。お前、名前は?」

そうこなくてはなって…それ、悪役が言うやつ。この人、矢っ張り変人だな…。

「愀です。芥川愀」

「芥川!?子孫だったりするのか!?」

そうだったら嬉しいが。

「多分違うと思いますよ」

「そうか…残念だな」

がーんという効果音が付くほど肩を落とした寿々川先輩はややあって気を取り直したように咳払いをした。

「ごほん、ボクは寿々川緋彩だ。この学校の2年生だから、お前の先輩に当たるな。図書診断部の部長と生徒会の副会長をやっている」

「え゛」

実はこの人、すごい人だったのか!

ん、待てよ?

「あの、生徒会の副会長は兎も角として何故2年生が部長をやってるんですか?」

「図書診断部にはボク以外部員が居ないからだが?」

「はぁ!?」

そんな潰れるぎりぎりのところに俺を引き込もうとしてるのか!?

「お前だって知っているだろ、校則に書いてあるんだから。うちの学校の『同好会やサークルは人数が足りなくとも充分に貢献した場合、部活として認められる』ってやつ」

そう、うちの学校にはこういう変なルールが結構ある。だが、真逆本当に適用されているとは。衝撃で停止した思考を働かせつつ寿々川先輩を見ていた俺は、思い当たる箇所を彼女に質問した。

「…ひょっとして、『面倒な先輩が少ない』ってそういうことですか」

「嗚呼。間違っては居ないだろう?」

貴女が一番面倒な気がする!とは流石に言えない。

「ちなみに、先刻のやり取りは録音してある。うちの部に入るという言質は取ったからな、今更変えられないぞ」

胸ポケットから小型のレコーダーを取り出し、ひらひらと振ってみせる寿々川先輩。なんて人だ。

「嗚呼もう、判ったっすよ。俺に拒否権なんて無いんでしょ、入ります!」 

「それでこそ愀だな、素晴らしい判断だ」

自分で退路を断った癖に満足気に頷く先輩。

がっくりと肩を落とす俺。


こうして(とても強引に)俺は図書診断部に入る事になったのだった。







そして、俺の中で勝手に命名した4月の悲劇から数ヶ月。俺は冒頭の通り、先輩に振り回されていた。図書診断部というのは如何やら相談者にぴったり合った本を勧める(部長曰く、『診断する』部活らしく、依頼が無いときは本当に暇だ。そしてたまーに依頼が来ても9割は緋彩先輩が勝手に、そして俺の見る限り的確に選書して5分で解決してしまう。

つまり、大半は暇な訳で、この部活が何故「充分に貢献した」と思われたのか甚だ疑問ではあるのだ

が―――、まぁ、それは良い。本当に問題なのは残り1割の依頼である。


図書診断部という聞いたこともない部活に相談に来るのは冷やかしか興味本位か、あるいは余程切羽詰まった状況にある奴位だ。その「切羽詰まった状況」というのは大抵、緋彩先輩の餌食になる。詰まる所、本を診断するだけでなく悩みを根本から解決してやろうとそう云うことである。変な処で情に厚い彼女を諌めるのはもう諦めた。

そして、その「解決」に付き合わされるのは決まって俺だ。唯1人の部員なのだから道理ではあるのだが、付き合わされるというより最速回転のコーヒーカップ並みに振り回されている俺の苦労もちっとは察してくれ。


回想を終え、場面は冒頭に戻る。

「ハァ…」

「如何した愀。これから楽しい楽しい依頼だぞ?」

貴女に振り回されたから疲れたんですよ。と言うと3倍位になって返ってくるから言わない。其れ位は学習した。

「いえ、ちょっと回想をしてまして」

「ボクの活躍なら幾らでも回想していいぞ、なんなら語ってやろうか」

要らねぇよ。

「そうか、残念だ。それなら、ボクと出逢った時の事でも思い浮かべていたのかな?」

相変わらず洞察力鬼だなこの人。数多の(?)依頼で慣れはしているが、矢張り自分事となると少々動揺する。

「ふふ、学習したのは君だけじゃない。ボクも君と接して、考え方が理解出来るようになってきたからな。君がボクに対して「疲れたと文句を言っても無駄だ」と学習したようにね」

「エスパーっすか?」

「そうかもな、エスパーとかの超能力っぽいものを持つ人間が居ても可怪しくない。そもそもエスパーとは…」

「あーはい、今度聞かせてください。今は依頼人応対の準備するんですよね?」

「ちぇっ、折角話してたのにぃ。その通りなんだけど、なんか嫌だな」

「子供っすかアンタ」






数十分後。


「あのー、図書診断部さんって、此処ですか…?」

「如何にもだ」

恐る恐る、といった感じで引き戸を開けた恐らく依頼人の先輩に偉そうに答えた緋彩先輩は、「此処に座ると良い、して依頼は何だ?」と椅子を勧めると早速本題に入った。





「その、ですね…実は、家族を霊から救ってほしいんです」

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