第一章 小学生≠大人 10
十
髭の大道くんと、ナンバーツーの通狩くんとが、引き続き演説を展開している。
「見てください。自然公園とは言いますが、この、ボルドー小学校側の西の面。およそ百メートル以上にわたって、立ち入り禁止エリアになっている森林エリアになっています」
「このエリアは果たして活用されていると言えるでしょうか?」
地図アプリと写真ファイルとを器用にタブレットに表示させながら説明をつづけた。仁楠と和井得は、そのタブレット操作の滑らかさに感嘆した。
「このエリアを校庭として利用しても、誰も損しませんよ。まずは更地にして、今ある校庭に吸収するように壁をなくして、という具合です」
増真くんは目をつむり、良い演説だ、と言わんばかりに惚れ込んでいるようであった。古里織の表情を見るに、この話はすでに何度かされているようであった。
少し待ってくださいね、と仁楠は制して、和井得に耳打ちをした。
「どうする? 本気で相手をするか?」
「そうするしかないでしょうね。どこを突っ込みますか。なぜ広い校庭を求めているのか、念のため聞いておきますか」
よし、と仁楠は改めて生徒側へ向かい、
「質問は二つ。一つは、なぜ校庭拡充を必要としているのか。次に、そうした工事や土地収用を誰が行うのかの計画は済んでいるのか」
と投げかけた。
それに対する生徒の反応は少し意外なもので、え、それだけですか、というものであった。それは決して、大人をなめている、という態度ではなく、
「え、えっと、肝心の質問が抜けていませんか」
と、増真くんが少しうろたえた。
「肝心な質問、というのは?」
「いや、できればそれはあなたたちから聞いてほしいので、先にその二つの質問からお答えしますよ」
増真くんは自分から前に出てきて、通狩くんと大道くんを下げた。
「校庭を広くする理由ですが、これは、狭いから、です。ドッジボールは二面とちょっとしか敷けず、三面はちょっときつい。小さくしたらいいとはいえ、狭いエリアはもうぼくたち六年生には物足りない」
そこまで言い切った増真くんに、続きがあると思った仁楠は、え、それだけ? と言ってしまった。
「はい。つまらない、とでもお思いでしょうが、ぼくたちにとっては大事な話なので」
ケロッと答える増真くんをみて、そういえばこの子たちは六年生だったな、と仁楠は頭を痛くした。
「次に、土地収用ですね。古里織先生」
促された古里織は、すっと立った。意外な人物が話をするんだな、と仁楠は少し勢いに押された。
「昭和公園が、もとは立川基地だった、というのはご存知ですかね」
古里織は大学時代、史学科で、フィールドワークを用いた研究をしていた。研究員にあこがれていたが、教職の講義を取得しており、教育実習も修了していたこともあり、中学校で社会科を教えていた。その後さらに単位を取得して、今はこのボルドー小学校六年生の担任になっていた。
「割愛しますが、そこから米軍に収容され、市民の教育のために緑地化されて今に至ります。
当然、そうした公園という側面もありますが、一方で、元々の立地から、今でも陸上自衛隊の立川駐屯地は隣接しています。有事の際は災害に備えられるように、広域避難場所に指定されています」
あ、と気づいたのは、仁楠だった。
「仁楠さん、気づきましたか」
「いや、でも、だからと言って、というところなんだけど、」
と前置きをしつつ、
「国営公園としての昭和公園は、国土交通省の管轄下になるけれど、広域避難場所としてなら、立川市や昭島市の管轄の話になる。
国に対するよりは、それならまだ話が通しやすい、というくらいで」
と、思案しながら、少し口ごもりながら答えた。
「さすが、ハンブルク研究所だ」
と、増真くんは大喜びした。
「そうです、そこです。広域避難場所としてとらえれば、話は進むんです。
校庭に隣接された森林エリアに対して、台風や災害の際に校庭に倒れこんでくるのは危ないから、対策を求む、と言って、更地にしてもらう。
そして幸い、このボルドー小学校も広域避難場所に指定されている。いざというときにはより多くの避難民を収容できる方がいい、という理屈で、校庭と公園との間の壁を撤廃する。
そうすれば、広い目で見れば、立川市の広域避難場所であるボルドー小学校が、その広域避難場所としての機能を拡充させる、とうことになって、世間受けもいいでしょう。ぼくらは、日常は、広々とグラウンドを使えるようになる。願ったりかなったりだ」
増真くんはそこまで一息で言い切ると、腰のあたりで小さくガッツポーズをした。たくさん考えて、たくさん話し合った案なのだろう。
大人の目から見れば、あまりにも夢物語ではあるが、広いグラウンドで遊びたい、というだけで、ここまで考え、行動するのは感嘆できる、と、少し尊敬をした。
「少し野暮な質問をしてもいいですか?」
塚がやっと口を開いた。正確には、ずっとぽかんと開きっぱなしではあったが。
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