第一章 小学生≠大人 11
十一
「その工事をしたとして、一年で終わらないでしょう。あなたたちは、広いグラウンドで遊べないまま卒業するかもしれませんよ」
「それくらい、分かっていますよ」
答えたのは、通狩くんであった。
「あ、次の六年生のために、ってことですね。偉いなぁ」
「違います。ぼくらは、あくまでぼくらのために行動するんです。
ぼくらひとりひとりは小さな存在ですが、こうして行動することで、生徒の力とアイデアだけで、ここまで大きな工事、結果に結びつくんだ、ということを知りたいんです」
大道くんといい、通狩くんといい、出てくる案は子供っぽいとはいえ、そもそもの考えや理念はなかなか深いな、と仁楠はまた尊敬した。
塚は思わず拍手をしていた。
「すごいです、すごいです皆さん。わたしにも夢があるんですけど、あ、今は仕事中なのでこの話は無しで。
でも本当にすごいです。小学生なのに、国交省とか、地方公共団体とか、いろんなアクター、えっと、登場人物のことを考えることができて。
わたしたちは環境のことしか考えられないですもん。ね、主任」
塚に振られた仁楠は、あ、もしかして、と思い、和井得にこそっと耳打ちをした。
「さっきの、肝心の質問が抜けていませんか、ってこと。もしかしてさ」
同じく気づいた和井得はすぐに呼応して、
「でも、森林を更地にするのは、ぼくらの立場からは簡単には肯定できませんねぇ!」
と、芝居がかった文句を垂れた。
増真くんは、よし、そこに食いついたな、とニヤリとした。
「森林伐採の話ですかね」
大道くん、通狩くんも見つめあってニヤニヤし始めた。頃合いをみて、増真くんが口を開いた。
「日本の森林の面積は減っていませんよ」
フフン、と増真くんは得意気に言った。
それくらいは常識だ、と仁楠と和井得は聞き流したが、森林周りの環境事情は専門外だった塚は、
「ええ!」
とオーバーに驚いてしまった。驚くなよ、と和井得が小声でたしなめる。
「常套句だよ、ぼくらのセミナーの。森林伐採だとか森林保護だとか言うけれど、それらの言葉からぼくらがイメージする、どんどん緑が減っていく、っていう映像については、日本での出来事ではなくて、世界での出来事なんだ」
「ええ!」
「だから、驚かないでって」
仁楠も少し苦い顔をした。
「さすが、環境コンサルタント会社ですね」
増真くんは腕を組んで、冷静に言ったようだが、少し動揺している。この話は、大人も知りえぬ世界の秘密だ、と思っていた節があるようであった。仁楠は少しだけかわいそうになり、
「一度、君たちの調べた結果や考えを教えてください」
と、事情についての説明は、増真くんにそのまま話させてあげることにした。増真くんは鼻から大きく息を吸い、再度胸をパンと張った。また少し大人びたようにも見えた。
「天然林と人工林との割合、という問題はありますが、日本については、森林面積はこの何十年も変化がありません。
仁楠さんがおっしゃったように、森林減少というのは世界の話です。いまだに山を丸々焼き払った焼き畑農業をしている地域や、温暖化により森林が減少する地域や、原因はさまざまです。ただそのどちらも、日本には当てはまりません」
この間、塚は少し呆けて話を聞いている。
「日本に当てはまるのは、森林伐採、ではなく、森林の活用の仕方です。日本の問題は、木を、資源として使えるうちに切ってしまわない、ということです。言い換えれば、木材として活用していないんです。
日本の森林面積は二千五百万ヘクタール。これは日本の面積の三分の二程度です。それから、人工林は千万ヘクタールほどありますが、その使用量は六百万ヘクタールほど。倍近くまだまだ使えるはずなんですよ」
「もったいないですね」
塚のリアクションは幼いものであったが、相槌を打ってくれることに仁楠は助かった。
「そうなんです。もったいないんです。でも、切らないんです。
日本は安い輸入木材に頼りすぎているんです。そのせいで、積極的に伐採する必要がなくなりました。この輸入が世界の森林伐採に結果的につながっている、とかの話は今回は無しで」
一方的な演説じゃない。塚の相槌に呼応して話している。小学生離れしているな、と、和井得もにやつきが止まらなくなった。
「必要な量の伐採が行われなければ、森林全体の育成に悪影響が出る。日光の当たり具合だとか、根っこ同士が邪魔になるとか。そうして老木になってしまえば、資源としての切る価値はなくなってしまうし、そのまま残しても、老木は二酸化炭素をあまり吸わなくなります」
得意気に増真くんが語り続ける。よく調べているじゃないか、と仁楠は和井得に嬉しそうに振り返った。和井得も満更ではなかった。
今目の前にいるのがほとんど大人の見た目ということに目をつむれば、小学生がここまで森林環境事情に精通しているのは、普段の自分たちのセミナーや講演の巡り巡った成果なのかもしれない、と思い、悪い気はしなかった。
高度を下げてきた黒い雲は、どうやらまだ耐えているようだった。
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