第一章 小学生≠大人 8


「リーダーの増真(マスマ)です。はるばるお越しくださり、ありがとうございます」


 小学生から招待を受けたつもりで来ていた三人の前にいるのは、その増真くん以外は、背格好こそ小学生だが、全員が増真のように身綺麗で、仁楠はそれはもう面食らっていた。


 塚と和井得も同様に驚いていたが、二人は少し足がすくんでいた。真っ暗な部屋、バリケードのように、そして来客を脅すように高く積み重ねられた机の威圧感に、大の大人二人が負けてしまった。


仁楠は降江に小声で耳打ちした。


「奥に座っているのが、監禁されている古里織先生ですかね」

「そうです、そうです」


 部屋の奥で椅子に座っているが、縛られているような様子はない。ええい、ここまで来たんだ、自分から切り出すしかない、と思い、


「主任の、仁楠と申します」


 と、名刺を五枚渡した。我に返った塚と和井得もそれにつづいた。


「ありがとうございます。すみません、なにぶん、わたしたちは小学生なもので、名刺は持ち合わせておりません」


 はにかみながらそう返した増真くん(もっとも見た目は十分大人だったが)は、


「こちらも自己紹介をしますね」


 とだけ言うと、自分はあとで、と言って一歩後ろに下がった。そしてすぐ横に立っていた、通狩(トオカリ)という生徒から名乗り始めた。立ち位置だけで見れば、おそらくナンバーツーと思われた。


「大道(オオミチ)です」


 仁楠の見間違いでなければ、彼はもはやうっすら髭が生えていた。どこが小学生だよ、と仁楠はボソリと言った。


「大道くんは、とくに増真くんと仲が良さそうでした」


 降江が小声で仁楠たちにそういった情報を添えてくる。


「ぼくは良足(ヨシアシ)と言います。それから彼女は少し声が小さいのでぼくから紹介しますが、堀音(ホリネ)です」


 良足と名乗った生徒にも風格があった。紅一点、唯一堀音さんに限り、ギリギリ年相応に見えた。それでも小学生にはとても見えず、ハーフだとか帰国子女だとか、そんな言葉がよく似合う、知的な、中学一年生くらいの女の子に見えた。


「じゃあ、そちらの座っている方が、古里織先生、ですね」


 うなずく古里織は、小学生用の低い椅子に座ってはいたが、拘束などはされていなかった。


「古里織先生。縛られているわけでもありませんし、それなら逃げ出せたでしょう。小学生相手ですよ!」


 小声で毒づく降江に対して、少なからず増真くんはほぼ大人じゃないか、と仁楠は思った。降江はなぜこの五人を小学生扱いしているのだ、と不思議がった。


「教頭先生から話は聞いていますね。ぼくたちの要求は、昭和記念公園を一部つぶして校庭として吸収すること」


 ここで、なんて無茶を、だとか、何を非現実的なことを、と言ってしまいそうだった仁楠だったが、そこをぐっとこらえて、


「それで、なぜ、わたしたちを指名したのですか」


 と問いかけた。大人びたこの五人は、同様に、大人びた態度で対応するほうがいいと判断したのだった。


「ぼくたちの主張に、お墨付きを欲しいんです」


 その答えに、仁楠と和井得は一瞬見つめ合った。塚はまだどこか浮ついていた。


「ぼくたちだって、この主張は、一見すると、なかなかに無茶なことを言っている、と世間にとられることくらいは分かっています。

それは不本意なことです。ぼくたちにはちゃんとした理論や理念がある。ですが、それらを小学生が言っています、となっても、世間はバカにするでしょう。

 そこで、みなさんの力が必要なのです。官公庁、教育機関、産業界、多方面に発言力のあるハンブルク研究所から、確かにこのボルドー小学校の主張は立派だ、筋が通っている、と裏付けて後押ししてもらえれば、これほど頼もしいことはありません」


 それほどでも、と塚はにやけた。和井得はそれには意に介することなく、ようやく口を開いた。


「それなら、ぼくたちに直接連絡をとれば良かったでしょう。何も担任の先生を監禁するだなんて」

「彼の言う通り。警察沙汰になれば、君たちの思い描いた通りには話は進まないでしょう」

「いえ、教頭先生は、警察には連絡しないだろうと思っていました」


 ニヤリと笑う増真くんに、降江はビクリと肩を震わせ、その後すぐ、小学生の分際で偉そうに、と、ものすごく小さな声で反抗した。

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