第24話 続・友達の恋-1

「女は謎だ」

「さすがは三日森くん、今日も安定のおかしさね」

「君の言葉のナイフは、いつか僕を殺す気がするよ」


 いつもの教室で、いつものように明るい笑みを浮かべる月子に向かって僕はそう言ってやった。

 彼女はくすりと笑うと、そのまま僕の横を通り過ぎて花屋敷さんのほうに向かう。あのふたりは本当に仲がいい。

 僕としては、やはり朝の彼女について相談をしたいところだったが、今日はもっと重要なことがある。


「み、三日森」


 やや硬い表情で現れた滝沢は、花屋敷さんをじっと見つめてから、あらためて僕に宣言する。


「き、今日の放課後だ。俺は言うぞ」

「うん、頑張れ、滝沢」

「ああ」


 ややぎこちなく頷く滝沢。

 そこに、ちょうど登校してきた田中が楽しげに問いかけてきた。


「なになに? なんの話?」

「いや、こっちの話だよ」


 僕が答えると滝沢も、ややつっけんどんに言った。


「お前には関係ない」

「ふぅん」


 田中は不思議そうに首を傾げていた。





 放課後――などと言っても、何かとゆるいこの学校は夏休みまでずっと半日授業だ。

 つまり滝沢の告白は真っ昼間に行われる。


「やっぱり、明日にしようか……」


 ホームルームが終わって、皆が下校の支度を始める中、昨日凜々しかった男は打って変わったように女々しく言った。僕は即答する。


「ダメだ」


 滝沢の背中を押すようにして言う。


「早くつかまえないと帰っちゃうぞ」

「け、けど、いざとなると心の準備が」

「いざとなってから準備をする奴があるかっ。心の準備は昨日の時点で、もうすんでたはずだろ」

「けどよ……」

「お前が言わないなら、僕が代わりに大声で叫ぶぞ」

「お、鬼か、お前は!?」


 他ならぬこいつに頼まれたんだ。尻込みしたらケツを蹴っ飛ばせって。だったら、ここは鬼にでも阿修羅にでもなるしかない。


「わ、わかったぜ、三日森。明日、明日ちゃんと言うからよ」


 ぜんぜんわかってないことを言う滝沢。そういうことを言う奴は明日になっても、「また明日」と言うことくらい僕でも知っている。

 こんなつまらないやりとりをしている間にも、花屋敷さんはもう帰りかけている。

 急いで発破をかけなければ。


「いいか、滝沢。よく聞けよ」

「お、おう?」

「花屋敷さんは美人だ」

「ああ、めっちゃ綺麗だ」

「そんな娘を世の男達が、いつまでも放っておくと思うか?」

「それは……」

「もしかしたら今日の帰り道にでも誰かに告白されて、明日は彼氏持ちになっているかもしれない」

「そ、そんなわけ……」

「絶対にないって言えるか!?」

「い、言えねえけど……」

「彼女を他の男に取られても――」


 言いかけたところで、ふと月子の顔が脳裏をよぎった。そして言葉を換える。


「花屋敷さんを他の男に寝取られてもいいのか!?」

「なにぃぃぃぃぃっ!?」


 ああ、やっぱり破壊力があるな、この言葉は。


「そんなこと絶対にさせーーーん!!」


 滝沢は消えかけていた闘志を甦らせると、勇気を瞳に漲らせて、脇目も振らずに廊下へと飛びだした。

 そこで帰りかけていた花屋敷さんを見つけると躊躇することなく呼び止める。


「花屋敷さん、ちょっといいかな?」

「はい?」

「大事な、話があるんだ」


 それを聞いて隣に居た月子が花屋敷さんに言う。


「咲良、わたしは用事があるから、今日は先に帰るね」

「え、ええ……」


 月子は、僕のほうを見てウインクしてきた。どうやら彼女も滝沢を応援してくれているようだ。

 滝沢は花屋敷さんを連れて上の階――たぶん、昨日の踊り場だろう――に上がっていったが、まさかそれを追いかけるわけにもいかない。

 僕にできるのは、ここまでだった。

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