第65話 駆けろ獅子舞
自宅から最寄り駅までの道のりで、公園の横を通る。今日はその公園の中で、朝から熱狂的なダンスを踊る真っ白な人がいた。
……人だったと思う。
目の端で見たときは朝靄かと思ったが、それにしては激しく揺らめいていたので視線を遣ってみた。しかし正面からそれを見てみても、ピントが合わずぼやけたようにその正体を捉えられなかった。だから、とてつもなく苛烈な踊りをしていたのだろうと思う。
こんな寒い朝から、奇特な人もいたものだ。
◆
きつい傾斜の坂を下ったところに公園がある。そこで色鬼をして遊んでいた数人の子供たちのうちの、一人が言った。
「あ!見て見て!獅子舞来たよ!」
高い坂の向こうから現れたそれは、全長二メートルはありそうな長い体を唐草模様の布で覆い、真っ赤な獅子頭をカタカタと打ち鳴らしている。獅子舞はその公園目掛けて、体をくねりくねりとうねらせながら駆け寄ってきていた。
子供たちはそれを見て歓喜の声を上げる。
「わあー!また来たまた来た!あっはははは!」
「変なうごきー!」「きもーい!」「にげろー!」
「食べられるー!」
公園に入ってきた獅子舞は子供たちを追い回す。子どもたちは鬼ごっこの続きのように獅子舞から逃げる。
動きこそ読めないものの足は速くないため、獅子舞に捕まらないよう逃げるのは子供たちにとって難しいことではなかった。運動神経に自信のある子供にいたっては、わざと近寄って避けるのを楽しむほどだ。そうでなくても、遊具の周りを回っていれば捕まることは決してなかった。
しかし三十分もすると、獅子舞との鬼ごっこは終了する。追いかけまわされた子供たちはいつも、いつの間にか公園から道路へ出てしまうのだ。いつどうやって生まれたルールかは覚えていなかったが、獅子舞に追われて公園を出てしまうと負け、もう解散して帰らなくてはならないというのが暗黙の了解だった。だからその日も子供たちはさよならを言って、それぞれの家へ帰っていった。
それから数か月後、獅子舞はいつのまにか公園に来なくなっていた。
最後に獅子舞と遊んだのは……そう。
街から子供が一人行方不明になった、その前日だっただろうか。
◆
「……えっ、終わり?」
「うん。これで全部。おしまいだよ」
なんというか、消化不良感があるが……。要するにこういう話だった。
子供たちが遊ぶ坂の下の公園には、ときおり獅子舞がやってくる。子どもたちは獅子舞との鬼ごっこに興じるが、いつも気づかぬうちに公園の外に追い出されてしまう。子どもたちはそれを自然な事と受け取っており、言外に形成されたルールに従い、追い出されると家に帰った。しかし、ある日子供が行方不明になると、獅子舞はもう二度と現れなかった。
「……やっぱりなんか繋がってないような。獅子舞は実は本当に子供を食べに来ていて、一人食べて満足したから出て来なくなったってこと?」
「ふーむ、まあそう考えるのが妥当だよね」
例によって、話の真相については全く知らないらしい。この先は僕が語る番だった。
なにか納得のいかない気持ちを引きずりながらも、この話の闇に包まれた部分へ妄想を豊かにする僕。
さっき「妥当だ」と言われたのが癪に障ったので、こんなオチを考えてみた。
◆
「あっ、鞄……」
忘れ物に気づいた一人の少女が、獅子舞と遊んだ後の公園に戻った。
グラウンドには誰もいないのはもちろんのこと、あの獅子舞の姿も無かった。山の稜線に身を埋める太陽が、寂寥感を掻き立てる橙に景色を染め上げていく。心細さにぶるっと身を震わせた少女は、隅のベンチに駆け寄って鞄を手に取る。すぐに帰ろうと思って振り返った、その時。
坂の向こうからぬっと真っ黒な影が頭を出した。
それはみるみる大きくなって、滑るように坂を下って公園へと入ってくる。
恐怖にすくみ上った少女は、何枚もの長く黒い布を被ったその影を見上げた。
滑り台より高い背を持つそれは、背骨らしき出っ張りをぐにゃりと曲げて、頭らしきふくらみをすーっと少女の前へ落としてくる。
尻もちをつき、震えから歯をかちかちと鳴らす少女に、布を搔き分けて出てきた老翁の顔が言った。
「やあっとみつけた」
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