第64話 恩師の思い出
お風呂に入ろうと思って一階に降りると、珍しく帰ってきていた父親がテレビでニュースを見ていた。
……二階にいる時は、玄関のドアが開く音を聞かなかったような気がするが。
大きなテレビの画面には、近所で起こった殺人事件の現場と被害者の写真が映っている。僕はそれを見ながら、何となく父親に言ってみた。
「怖いね。胸の辺りを何度も刺すなんて。どうしてこんな残酷なことをするんだろう」
「何度も刺さないと終わらないからだよ。人を一度刺すと悲鳴が上がって、血が流れて、肉体が暴れるけど、一回刺しただけじゃなかなか終わってくれないんだ。人は簡単には死なないからね。人を刺す人の大半は慣れていないから、それを早く止めようとして何度も刺してしまうんだよ」
父親は立て板に水というような調子でそう教えてくれた。
そして誤魔化すように、「って、何かの本で読んだかな」などと言うのだった。
◆
いよいよタイムカプセルを掘り起こすときが来た。これが終われば同窓会の一次会は終わり。その後は未だ仲の良い者同士で別れてしまう。夜半の暗い寒空の下、懐かしい学び舎の端に集合した元六年二組の大人たちは、元クラス委員長と恩師が校庭を掘り起こす様子を見届ける。
ゴッ、とスコップの先が固いものにぶつかる音がして、ほどなく大きな円筒形の箱が取り出された。
それじゃあ出席番号順に並んでーと言う委員長の冗談に一同が笑い、適当な五十音順で並ぶ。一人一人が小学生だったころまで思い出を遡りながら、過去の自分からの贈り物へ手を伸ばしていった。大人しい少女だった女性は未来の自分への手紙を、野を駆けまわっていた男性は当時の手形の色紙を、食いしん坊だった男性はお気に入りだったお菓子の袋を、人気者だった少女は思い出の詰まったプロフィール帳を、それぞれ取り出す。
そして、その場にいた全員が自分の入れた物を取り出したあとは、クラス委員長だった男がこれなかった元生徒たちの分をリストを見ながら分けていく。箱の中から一つ、また一つと品が減り、最後には古いテープレコーダーが残された。
委員長だった男はリストを見る。箇条書きの先頭に遡って、もう一度確認する。隣にいた女性に声をかけて確認してもらう。そして怪訝な顔を見せ合う。
男はみんなに向けて言った。
このテープレコーダー、誰か心当たりない?
約二十名の顔がその長方形の機械を見つめたが、懐かしそうに声を上げるものはいなかった。ざわめきが広がる中、お調子者だった男が、なにか再生してみればわかるんじゃない?と提案する。
再生できるのかと心配しながら、委員長だった男は出っ張ったボタンを押したりスイッチを動かしたりしてみた。しかし、やはりというべきかテープレコーダーはうんともすんともいわない。これは機械が壊れているのか、それとも電源の入れ方が間違っているのか。男ははっと思い立って、自分よりはるかに昔を知っているであろう恩師へと声をかけた。
先生、これの使い方わかりませんか……?
掘り起こすのに疲れた恩師は花壇の淵に座っていた。
そのはずが、さっきまで恩師のいた場所に今は誰もいない。辺りを見回すが、先生の姿は見つからなかった。
あれ?先生はどこに……。
そう思った次の瞬間、突然レコーダーがギジジジと唸りを上げて駆動し、少女の声を再生しはじめた。
「せんせい!せんせい。せんせー。せんせい?せんせー!せんせぇ!せんせい。せんせぇ……。せーんせ。せんせぇっ。せんせぇっ、せんせぇっ……!せんせぇ?せ、せんせぇ……。せんせぇ、せんせぇ……?!せんせえ、せんせえっ、せんせえせんせえせんせえせんせえせんせえせんせえっ!!!!
いやああああああああああああああああああああああああああっ!!!!」
元気に呼びかける声が、次第に蕩けていった。
それはやがて不安と恐怖に濁って、最後には絶叫へ変わった。
くぐもった雑音まみれのその声に、一同は一人の少女のことを思い出す。
ある日突然転校してしまった、先生のことが大好きだった少女のことを。
◆
「……気分が悪くなる話だ」
「禁忌に踏み入るような内容だったね」
語り終えた屋根裏部屋の怪異は「ふぅ……」と疲労が滲んだ溜息を漏らす。
同窓会で掘り返したタイムカプセル。その中に残っていた誰も見覚えのないテープレコーダー。突然動き出したそれが再生したのは、幼い少女と教師の間に生まれたおぞましい関係と事件を連想させるような、呼び声の連続……。
「いろいろ気になることはあるけど、やっぱりこれも、今話したのが全部?」
「そうだよ。このあと叫び声に射すくめられた元生徒たちがどうしたのかも、いつのまにか消えた先生の謎も、突然テープレコーダーが動き出した理由も、私は知らない。この怪談がどんな結末を迎えるのかは、全て君次第だ」
そう言う声は天井の上を左右する。あっちこっちへ動いている……、おそらく寝転びながら。そんな調子に聞こえた。……何をしているんだろう。怪異も、僕も。
とはいいつつも、納得できるオチを話すまで屋根裏部屋の住人は寝かせてくれない可能性もあるので、僕はなんとかこの怪談の締めを創作することにした。
◆
その日、学校やその周りを探してみても恩師は見つからず、元六年二組の一同は気まずい空気の中で解散した。
それから数か月後、その時のことなど忙しい日々に流されて忘れてしまっていた彼らは、そのニュースを見て衝撃を受ける。
[五十代男性、山中で怪死 遺体は激しく損傷 半身見つからず]
テレビに映し出された画面、タイムラインを流れる画像、ニュースサイトに貼られたjpeg。事件の被害者の写真は、あの日いなくなった恩師のもので間違いなかった。
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