横海瀬奈

夜遅い時間、息子の蜊∫炊縺ィ縺翫jが寝息を立てているはずの寝室から、誰かの話し声が聞こえてくる。それはいつも怖い話を子供に聞かせていて、それが終わると決まって蜊∫炊遘√?蟄は楽しそうに声と会話をする。その話の主人公はどうなったのだとか、そのお化けの正体は何だったのだとか。そうして蜊∫炊謌代′蟄は夜更かしをして、いつの間にか眠りに就く。

部屋の外で聞き耳を立てるあたしはそれをいつも聞き届ける。心を千々に裂かれるような痛みに耐えながら、部屋には入らず、外で聞いている。

部屋に入ってはいけないから。

入ってはいけないと……宗祇さんに言われているから。


宗祇さんは滅多に家に帰ってこない。多い時でも月に三回。酷い時は半年も帰らなかった。けれどあたしは怒ったりしない。彼の仕事はとてもハードで、だけど彼はやりがいを感じてそれに打ち込んでいるから。

幸いなことに、宗祇さんの稼ぎはかなり良い方だ。あたしは仕事に出なくていいどころか、午前と夕方に家事をするだけでよく、日中の多くの時間は大好きな図書館や長閑な街喫茶で過ごすことができる。だからあたしは怒ったりしない。結婚も出産もしたのに、自分の人生を捨てない暮らしを送らせてもらっているから。


宗祇さんは、……宗祇さんも、あたしをルールで縛る。

蜊∫炊縺ゅ?蟄とは極力会話しないこと。話しかけられてもそっけなくすること。必要な手伝い以外はいかなる干渉も避けること。屋根裏部屋や寝室には絶対に入らないこと。

このルールができて以来、あたしは蜊∫炊縺ィ縺翫jとまともに話せていない。話しかけないよう気をつけていたら、最近はもうどう話せばいいのかわからなくなって話せなくなってしまった。

宗祇さんのルールので蜊∫炊と話せないあたしは、蜊∫炊が夜な夜な寝室に現れる知らない誰かの手で育てられていくのを十数年見せ続けられることになった。


それでも、あたしは怒ったりしない。

「ありがとう、瀬奈。君のそういうところが僕は好きだよ」

宗祇さんはあたしのこういうところが好きだから。

「君のそういう、従順なところが大好きだ」

あたしの、決められたことに従っていないと怖くて不安になってしまう所を、好きだと言ってくれるから。


「君のそういうところ、死ぬ数日前までのお母さんとそっくりなんだ……」


例えその目があたしを見ていないとしても。あたしの一番あたしらしいところを、愛してくれるから。

あたしは、あなたを怒ったりしないよ。宗祇さん。




あたしが怒るのは自分がどうしようもなくイヤになるときだけ。

雁字搦めに絡めとられた足が、一歩を踏み出すことができるのも、その時だけ。

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