第57話 消えているもの、消えていくもの
ハッピーハロウィン。
僕はハロウィンの何がハッピーなのかまるで知らないが、クラスのみんなは僕の知らないところで盛り上がっていたようで、先生にバレないギリギリのレベルの仮装をするチキンレースを朝から楽しんでいた。
「げっ」
教室に入るなり、扉から最も近い席に座る僕を見て半坂さんが呻いた。
「あんたそれ、仮装のつもり?」
「?」
なんのことかわからなくて、何が?と聞き返したら、半坂さんはもういいと言って自分の席へ行ってしまった。
その日の休み時間、トイレに行って鏡を見たときのこと。
僕の首には八本の指の跡が。ちょうど、後ろから首を絞めていたかのような位置に残っていた。
半坂さんが見たのは、この痕を残した手だったのかもしれない。
◆
「おにーさんおにーさん!仮装すっごいですね!一緒に写真いいですか?」
安っぽい恰好をした魔女が、首から下のない男に話しかけていた。
首だけの男はゆっくりと回転して魔女の方を向くと、土色の顔を綻ばせる。
「あ~っと、OKってことね?じゃ撮りまーす!笑ってー!」
ぱしゃり。
撮影を終えた魔女は後で写真を投稿していいかと確認する。浮かんだ首が上下するのを見ると、ありがと!と礼を言って、離れて見ていた化物友達の方へ戻って行った。
その夜。家でSNSに投稿する画像を吟味していた魔女は、ふと違和感を覚えた。コンビニの前で自撮りをした写真があったのだが、そこで自撮りをした覚えはないし、隣に不自然な間が空いている。まるで、そこに誰かもう一人いたかのような……。
「あっ、これ首おにーさんと撮った写真じゃん」
しかしそこには、首から下はもちろん首から上までもが消えている。魔女は訝りながら、それをメッセージアプリのグループの一つに投下した。その日仮装して遊んだ仲間たちの集まりだ。猫又だったりゾンビだったりした友人たちも口々に、「こんな自撮りしてたっけ?」「これ首おにと撮ったやつじゃね?」と不思議がる。
魔女はこう返信した。
「知らんうちにフォトショで消したかもしれん(笑)」
◆
「消すな知らんうちに怪異を」
思わず倒置法で切れてしまった。それは屋根裏部屋の怪異からは聞いたことがないひどく軽い調子の怪談で、最後のオチまで笑いを誘うようなものだった。別にその手の話が怒るほど嫌いというわけではないが、こう、どう反応すればいいか困る。屋根裏の住人は一体どういうつもりでこんな話を語ったのだろう。
「ふふふ。わかるよ、君が言いたいことは。なんでこんな怖くないどころか滑稽な話をしたのか気になって、素直に反応できないんだろう?」
「その通りだよ。これ、魔女の仮装の人は首だけの男のこと全然怖がってないし、怖がるに足るようなことも起きてないよね」
「うんうん。 それ」
……? それ、とは。
「君も立派な若人だね。
この話が怖くないことこそ怖れるべきことだと思い至らないんだから」
僕は面食らった。どういう意味だろう。
「感染呪術って知ってるかな。有名な例だと藁人形とかが当てはまるものなんだけど」
曰く、それは呪いたい相手に所属していたものやその似姿、人形や写真などを用いることでその人本体を呪うことができるという思想のことらしい。
例えば、キャラクターの顔を形作った食べ物を頭から食べるときや、大切な恋人の写真を破いて顔を真っ二つにしたとき。なんとなく不吉で嫌な気分になるのは、この思想が根底にあるから。
物に及ぼした影響が本体にも及んでしまうのでは、と考えてしまうからだ。
「だけど現代ではその感覚は薄れつつある。科学が進歩し人間が高度に文明化されたせいか、テクノロジーが生まれた時から身近にあって意識しなくなっているせいか……。最近の子たちは、画像編集ソフトで邪魔な人間を消し去ることになんのためらいも抱かないそうじゃないか」
それって、もしかしたら怖いことなのかもしれない。
美しい景色のためにいなかったことにされた人は、都合の悪い映り方のせいで半身を消された人は、可愛らしい小顔のために体の部位を歪められた人は、もしかすると今頃……。
「実はこの首だけの男、この話を笑う奴のところにだけ現れて首から下の体を奪うやつなんだよね。いやあよかったよ。君は深刻な顔をしてくれて」
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