半坂紗彩
あたしは怖い話が嫌い。だって、たまらなく怖いから。
夜トイレに行くのに背後が気になってしまうから。部屋で勉強机に向かっているときに後ろに気配を感じるから。お風呂に入っているときに振り向くことができなくなるから。毛布に包まって寝るとき電気を点けないと安心できないから。
閉じた扉の向こう。曲がり角。明かりの消えた廊下。ベッドの下。……天井裏の屋根裏部屋。怖い話はそういった、見えない場所という場所を恐怖の対象に変える。それに怯えたあたしはまるで別の生き物。鞭を持った人間に虐められた矮小な兎か何かになる。普段の気品があって気高くてみんなから崇められるあたしじゃなくなってしまう。
だから、怖い話が嫌い。
あたしをあたしでないものにするから。
でも世の中には怖い話が好きで好きでたまらないという正反対の人間もいるらしい。正直正気を疑うが。
小学四年生から高校三年生までの九年間、不運にもあたしはそいつと同じクラスだった。いわゆる幼馴染……腐れ縁というやつ。
そいつは放っておくと本当に浮かび上がるんじゃないかってくらい、教室ではいつも浮いた存在。面白半分に話しかけた奴は、一分以内にドン引きして逃げていく。生きている世界があたしたちとは絶妙にずれていて、ついでに価値観とか倫理観もスライドしてるような人間だった。
あたしは、あいつに初めて怪談を聞かされた小学四年生の林間学校の夜から最後の最後まで、あいつが怖くて仕方がなかった。
あいつと今生の別れをした卒業式の日なんかは、人間の皮を被った別の何かだとしか思えなかったほどだ。
なぜそれほどまでにあたしはあいつを怖れたのか。
だって。 あいつは、 あいつの話す怪談は……
いつも面白くて、ついつい聞き入ってしまうから。
不可思議な出来事に血の気が引き、凄惨な結末に青ざめて、明かされた闇の中身に震えが止まらなくなるのに。気丈で勇敢で優秀で美麗ないつもの半坂紗彩ではない別の生き物に作り替えられてしまうのに。それがたまらなく気持ちいい。それこそが至上の愉悦だと感じてしまう。布団に入っても眠れないのは、興奮しているからだと錯覚する。
それが怖くてしかたなかった。
自分が自分ではない何かに作り替えられていく恐怖。
それを自覚できなくなっていくことへの恐怖。
それに虜になっていくことへの恐怖。
あたしは怖くていられなかった。
だから、あんな最期になったけど、良かったと思う。
最期まであたしはあたしのまま。
怖い話が
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