第10話 スマートフォンを使って

僕のことを好きだという女の子を、中学生のとき家に上げたことがある。

彼女は霊感が強いらしく、なにかと周囲に合わせることができず馴染めないでいた。そして、違った理由ではあれ同じように孤立している僕に興味を抱いて、少し意識して見ていたら、いつのまにか好きになっていたのだとか。

僕は恋愛感情というものがよくわからなかったが、僕の家に行きたいという申し出を断る理由も特になかったので、彼女を招き入れた。


ことによると、この女の子は屋根裏部屋の怪物によって惨たらしく殺されるかもしれないな。

玄関のドアをくぐらせたときそう思ったのを覚えている。

でも別に、そんなことはありふれたことだからいいかとも当時の僕は思った。


結果から言うと、別に彼女は死ななかった。

ただ、話の最中彼女のスマホに送られてきた写真のことで、僕とは折り合いが悪くなってしまった。

写真に写っていたのは彼女自身。証明写真のようにカメラの正面に立って、薄い微笑を浮かべている胸から上が撮られた写真。


それが何枚も立て続けに送られてきた。


やがて少しずつ写真の彼女の腕が持ち上がってきて、その手に剃刀かみそりが握られているとわかる。

連続して送られてくる写真は疑似的なアニメーションを形成し。


彼女が剃刀で喉を裂いて自殺する様子を見せつけた。


以来、彼女は僕に関わらなくなり、いつのまにか学校にも来なくなった。



道に迷った男がいた。

男は田舎に引っ越した姉夫婦に頼まれて、実家に置いていた荷物を車に積んで届けに来たのだが、その地域ではやたらとカーナビが狂った。

[次の交差点を 右です]

そう言われた交差点を右に行くと寂れた空き家に来てしまった。

[60m先を 左方向です]

その指示に従っていたら男は田んぼに突っ込んでいるところだ。

仕方がなく男は唯一と言っていいランドマークの神社にナビを設定し、その近くで姉に迎えに来てもらうことにする。

時刻は夕方。空はオレンジ色に黒々とした青が溶け始めたころ。

田舎の夜は星が綺麗だと姉は言っていたが、男にしてみれば、真っ暗な足元をコオロギだか鈴虫だかが行き交う中を車で走るのは御免だ。

少しでも早く合流したいと気が逸っていた。

ナビは信用できないことも半ば忘れて十数分。右へ左へ、進んで戻って。

そして、長い階段がいくつも連なる神社の、街灯の下に車を止めた。

到着してから男はそのことに気づく。


「あれ、カーナビちゃんと動いてたな」


さっきまでてんで当てにならなかったカーナビが、この神社に向けてのルートだけは正確に指示した。

ここはもしかすると、あらかじめいくつかのルートが登録されているような有名なパワースポットだったりするのだろうか。

スマホを見ると姉からのメッセージ。着くまでもう少しかかるとのこと。

であれば少し見て回ってみようか。

山の向こうに太陽はほとんど隠れて、辺りはすっかり薄暗くなってしまっている。

男は車に積んでいた懐中電灯を手に降りて、境内に続く長い階段を上り始めた。

一歩、一歩、足元を確認しながらゆっくりと登る。

不思議な場所だ。こんなに暗くなっても不気味さが感じられない。一歩、また一歩階段を登る度、空気は益々澄んで清らかになっていく気がする。

男は心地いい気分に身を任せて、導かれるように階段を登っていく。

一歩。 一歩。 また一歩。

そして、頂上が見えてきたところで、凍り付いた。


誰かいる。

深い藍色のワンピースを着た女性が、参道の真ん中に立ってこちらを見下ろしている。

暗闇と一体の長い黒髪が隠したその顔は、間違いなく男に向けられている。


女が手を少し上げる。


こちらを指差した。


途端、ポケットのスマートフォンに着信が入る。

相手の名前は文字化けして読めない。

おそらく仕掛けているのは上にいるあの女だ。

男はそう直感すると、震える足に精一杯力を込めて逃げ出す。

決して後ろを振り返らずに、スマホの振動を必死に無視して。

全力で階段を駆け下りた。


その後、逃げる途中で足を挫いたことを除けば男は無事で、姉と合流して夫婦が住む広い一軒家に泊めてもらうことができた。

……姉曰く、あの神社では時折首を括って自殺した男性の遺体が見つかっているらしい。

しかもその遺体は、どれも誰かと心中するつもりだったかのように隣にもう一本縄を垂らしていたという。



あるいは。

みな誰かと一緒に、心中をしたはずだったのかもしれない。



「となると、どうしてその男の人だけ助かったのかが不思議だね。電話に出なかったのが幸いしたのかな」

僕が感想を述べると、屋根裏部屋の住人が満足げに肯定する。

「そう。それが一番大きな要因だね。女の声を聞いていたら、完全に引き込まれていた。すっかり詳しくなったね」

中学生のときの僕はなぜかよく褒められた。僕は屋根裏のに褒められるととても嬉しかったから、よく覚えている。

しかし屋根裏の怪がただで褒めるだけのことはほとんどない。

忠告や見落としを指摘されることが多かった。

「けれど、生まれ持っての霊感というのも重要さ。それが無ければきっと、女の姿を見て違和感を抱くことができなかっただろうから」

霊感、と聞いて、僕はその日家に上げたクラスメイトの女の子のことを思い出した。

そういえば彼女を襲った怪現象も、スマートフォンを通じて起こっている。

もしかしてこの話の藍色のワンピースの女や、うちの屋根裏に棲むといったこの世ならざる者は、電子機器に対して特別な影響力でも持っているのだろうか。

思い切って僕は尋ねてみる。

「この話を聞いて改めて思ったんだけど、もしかして霊って、スマホとかパソコンの扱いに強かったりするの?」

天井の向こうは沈黙している。

これは、都合の悪い質問で機嫌を損ねてしまっただろうか……と思っていると、枕元のスマートフォンに電話が掛かってきた。

相手の名前は、文字化けして読めない。

もしかして、電話越しで教えてくれるということだろうか?

スマホを手に取る。

「出るな」


そう言ったのは、屋根裏に棲む怪の方だった。





「教えることはできないんだ。ごめんね。その電話に出ちゃだめだよ」


あの電話は何者から、何の目的で掛かってきたものだったのだろうか。

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