第6話 光の悪夢と屋根裏部屋

昼間、屋根裏部屋を覗いたことがある。

幼い僕が眠れない夜は、そこに棲んでいるらしいが怖い話を語って聞かせた。あるときふと興味が湧いて、それは日の出ているうちもそこにいるのだろうかと気になったのだ。

小学校から帰ってすぐの、傾き始めた日が目に眩しいころ。棚を動かして、なんとか屋根裏部屋に通じる外開きの小さなハッチを開け、階段を下ろす。天井に空いた大きな四角。

その向こうは意外にも明るい。陽光を取り込む窓があるのか。

――外から見たこの家に、そんな窓は無かったはずだが。

僕は好奇心の赴くまま、四角の向こう側にゆっくりと頭を入れて、屋根裏部屋の中を見た。



ある男が見た夢の話だ。

夢の中で男は仲間と廃墟を探索していた。廃墟の中で何かを探していた。まだ食べられる食糧か、行方知れずの恋人か、あるいはもっと大事なものか。何をかもわからずとにかく探していた。


しかし、その廃墟はとても危険な場所だった。

外には亡霊がひしめいていて、建物のどこかから絶えず入り込んできた。

亡霊はどす黒い青色の影をしていて、人間に十分近づくと頭をぶわっと咲かせ、ぱくりと人を一飲みにしてしまう。

食べられた人間がどうなるのかは誰も知らない。奴らの仲間になるだとか、永遠に暗闇を彷徨うとか、単純に死ぬだとか言われている。食われたはずの者がいつの間にか戻っていて仲間に紛れていることもある。

とにかく、危険な亡霊を退けるため、男とその仲間たちは武器を取って戦っていた。

その武器の一つは暗視ゴーグル。これが無ければ亡霊をその眼に捕らえることはできない。

もう一つは背負ったタンクと連結した、自動小銃型の水鉄砲。

亡霊は水を嫌う。これをぶち当てれば奴らは霧の如く散り散りになって消える。

なぜかは誰も知らないが、とにかくそういうことになっていた。


男たちは通路や部屋から群れをなして迫りくる亡霊を、ときに躱しときに消し払い、廃墟を速やかに巡って目的のものを探した。

そして男たちがホテルのキッチンらしき広い場所に出たとき。


部屋の全ての出入り口が、亡霊たちで塞がれてしまった。


水のストックは多くない。脱出しようにも突破は難しいだろう。

彼らは絶体絶命の窮地に陥っていた。

もうダメだと諦めて膝を付く者。このままじゃやばいと騒ぎ立てる者。何も考えられず目の前の亡霊に水を撃つ者。状況は混迷を極めていた。

男はリーダーだ。このピンチをなんとかして乗り切る義務があった。

「お前ら落ち着け!絶対に助かる!いいから探すんだ!」

キッチンに残された設備の中で、何かを隠せる場所を片っ端から暴く。

背後からは亡霊たちのうめき声と、なおも混乱する隊員たちの声。

男の仲間たちはまだ絶望と混乱の渦中にいる。

男は再度、声を張り上げた。

「お前ら!!!いい加減にしろ!やるしかないってわからないのか!」

絶叫に近い男の怒声が静まり返ったキッチンに響く。


いつの間にか。

どよめく仲間たちの声も、亡霊のうめき声もしない。

ぶぶぶぶぶぶぶぶぶぶぶぶぶぶ、と。何かが細かく振動するような音だけが聞こえる。


ぶぶぶぶぶぶぶぶぶぶぶぶぶぶぶぶぶぶぶぶぶぶぶぶぶぶぶぶぶぶぶぶぶぶぶぶぶぶぶぶぶぶぶぶぶぶぶぶぶぶぶぶぶぶぶぶぶぶぶぶぶぶぶぶぶぶぶぶぶぶぶぶぶぶぶぶぶぶぶぶぶぶぶぶぶぶぶぶぶぶぶぶぶぶぶぶぶぶ。


恐る恐る男が振り返ると、男たちの視線の先に何かがいた。

それは、眩く光っていた。

暗視ゴーグルの緑がかった視界の中で、のっぺりとした黄色の光を放っていた。

浮かび上がっているのは、地面を見つめる飛び出んばかりに見開いた目、弓なりに大きく吊り上がった笑み。体は上に引き伸ばされたドーム型をしている。

男はすぐにそれが規格外に危険な存在であると確信した。

それはぶぶぶぶと細かく振動する音を次第に大きくしていく。

どこを見ているのかわからない視線もゆっくりとこちらに合わせられていく。

そのとき突然これが夢の中であることに男は気づく。

目の前の何かはゆっくりとこちらに視線を合わせる。

やばい。やばい。やばいやばいやばい。

起きろ起きろ起きろ起きろ起きろ!

男は自分に言い聞かせて、――――なんとか目を覚ました。


頭の上で、スマートフォンが細かなバイブレーションをベッド全体に響かせていた。

部屋は既に陽の光で明るい。


――明るい、真っ黄色に染め上げられていた。



「男の人は、夢のなかの何かから逃げられなかった、ってこと?」

僕がいつものように訊く。

屋根裏のそれがいつものように答える。

「さあ、どうでしょう。もしかしたら夢から醒めたと思っていたけど、そこがまだ夢の中ということもあるかもしれない」

その怪はきっと答えを知っているのだろうが、面白がってはぐらかした。

「……その光って、あなたのいる屋根裏部屋にもある?」

「………………」

僕はその話と家に帰ってから見たものが関係しているのかと思って訊いた。

昼のうちに屋根裏部屋に入った僕が見たもの。

それは、片付けられていて、ほこり一つない、綺麗な屋根裏部屋だった。

異様なものも、不思議なものも、怖ろしいものも何一つなかった。


ただ一点、窓も照明も無いのに明るいことを除いては。


「ここに入ったの?」

は無感情で単調な声色でそう訊く。

僕はなにか、悪いことをしてしまったと思った。

「……ごめんなさい」

僕は怖くなって、震える声で小さく謝った。

沈黙。

ずっしりとした静寂を室内の闇がたっぷりと吸い込んで僕にのしかかっていた。

「私が怖くないのかい?」

屋根裏の怪が口を開く。

僕は答えに困った。

怖いと言えば怖い。それに叱られたり厳しい忠告をされたりといったことはそれまでも何度かあったし、幼い僕はそれが恐ろしかった。

けれど、が語る話の中の何者かたちに抱くとは、それは別のように思えた。

迷いに迷って、ついに僕はこう答えた。




「こわくないよ」


バタッ



そう言った瞬間。

屋根裏へのハッチが音を立てて開いた。

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