幸せ

桐崎りん

幸せ

「お父さん、覚えてる?明日、お弁当の日だからね」

リビングに横たわっているお父さんに聞く。

うちはお母さんがいなくて、子供の私はなぜいないのか細かいことは分からないけど、でも、お母さんがいないから、うちはこんなにも貧乏なんだと思う。

お父さんは建設業に勤めていて、仕事から帰ると、いつもリビングに横たわり、眠っているわけでもなく、目をつぶっていて、時間になったら、私とお姉ちゃんをリビングに呼んで、適当な話をして、シャワーを浴びて、眠りにつく。

晩ごはんは日曜日だけお父さんが作ってくれるから、それを食べて、それ以外の曜日は食べない。お父さんは料理が上手で、私もお姉ちゃんもお父さんの作る卵焼きが大好き。よく取り合って、けんかになる。

「ねーお父さん?寝てないんでしょ?明日覚えてる?」

お父さんはゆっくりと目を開けて、私の瞳をまっすぐに見つめた。

「うん。覚えてるよ。材料は買いそろえてある」

「ほんとに!?」

私は嬉しかった。お父さんが作るお弁当はこれまた格別で、私もお姉ちゃんも月に一回のお弁当の日が待ち遠しい。

「お姉ちゃん、聞いた?」

横の部屋で宿題を片付けているお姉ちゃんに話しかける。

「聞いた聞いた。楽しみだね」

お姉ちゃんは笑顔で私を見た。

中身は当日のお楽しみ、これが我が家のルールだった。

「ちょっとこっちへおいで」

お父さんが私たちを呼ぶ。

「今日は、嘘つきの話をしよう。2人は嘘をついたことあるか?」

「私は先生に宿題をしていなかったのに、したけど忘れてたって言ったことある」

私は正直に言った。

「モモは?」

「私は、、寝坊して遅刻したけど、道案内してた、とかハナと同じ嘘もついたことある、あと、体温計あっためてお熱出たってお父さんに嘘ついたこともある」

お姉ちゃんはそう言って、テヘッと笑った。

「そんなこともあったな。まぁ、あれは気づいていたが」

お父さんはそう言った。

「え、あれバレてたの?」

お姉ちゃんは信じられないという顔でお父さんを見る。

「当たり前だろう。嘘は意外と相手にバレているものなんだ」

お父さんの話す言葉は優しくて、強くて、私は大好きだった。

「例えば、モモが学校でこけて怪我したと言っていたのも実は友達と大喧嘩してできた傷だと知ってるし、ハナが友達を叩いたと聞いたときは流石にヒヤッとしたがそれはイラついた勢いでやってしまったわけではなくお友達がその子を殴ってしまいハナはそれを庇った、ということを知ってる。嘘はよくない」

バレてたんだ、あれ。

「お父さんは嘘をついたことがないんだ、1回を除いてね」

お父さんは微笑む。

「お父さんのお父さんは嘘が大嫌いで、お父さんも嘘は嫌いなんだ。モモとハナには嘘を絶対につくな、とは言わない。人間、嘘を言わなければいけない時もある」

「お父さんが1回ついた嘘って何?」

と、お姉ちゃんは聞いたけどお父さんは

「いつか気づくと思う」

と曖昧に答えただけだった。

「じゃ、シャワー浴びてくる。2人はもう寝なさいね」

お父さんはバスタオルと着替えをもって、お風呂場へ消えていった。


「布団引こう」

お姉ちゃんの言葉で、私はランドセルを壁に寄せて、組み立て式の机を畳んだ。

そこにお姉ちゃんが布団を引いて、枕を並べて、上布団を伸ばす。

私が電気を消して、布団にダイブ。

お姉ちゃんはすでに布団に入り目をつむっている。

「明日楽しみだね、お姉ちゃん」

私は我慢できずにお姉ちゃんに話しかける。

「もう寝ないと、明日早起きできないよ」

お姉ちゃんはお弁当の日は誰よりも早起きをして、お弁当を作る過程も見るのだ。

「はーい」

お弁当の話題なら答えてくれると思ったんだけどな。

あーあつまんないな。

まだちっとも眠くないのに。

いろいろ考えているうちにお父さんがお風呂場から出てきて、目が合った。

「ハナ、寝れないのか?もう10時を過ぎているぞ」

「眠たくないんだもん」

「そうか、じゃあ、今日は久しぶりにお父さんの横来るか?」

「行く!」

お父さんはリビングで一人で寝ている、とはいってもお互いの顔が見える距離ではあるけど。

お父さんは布団を伸ばして、身体を布団の端に寄せて寝た。

「おいで」

「うん」

私はお父さんの布団に行く。

「さぁ、もう寝なさい。明日もはやいんだから」

お父さんはそう言った。

「はーい」

つまんないの。お父さんの横に行けば、なにか面白い話が聞けると思ったのに。

お父さんは、もう寝息を立てている。

私は上向いて、羊の数をかぞえた。

羊が1匹、羊が2匹、羊が3匹、羊が5匹、、あれ?

羊が1匹、羊が2匹、羊が3匹、羊が4匹、、、


「お父さん、お弁当最高だよ!!」

「よかった、よかった」

私は、お父さんとお姉ちゃんの楽しそうな会話で目が覚めた。

んん、目をこすって時計を見ると6時半を指している。

もう、起きる時間だ。

私が身体を起こすと、お姉ちゃんがそれに気づいたのか、私のほうに来た。

「みてみて、お弁当」

お姉ちゃんは手に持っているお弁当をぐっとこっちに近づけてきて、私はお弁当を覗き込んだ。

「わー、おいしそう」

お弁当の中には、私とお姉ちゃんが大好きな卵焼きがたくさんと、ウインナーがたこさんになって2匹仲良く手をつないでいる。

「すごいね、はやく食べたい」

本当においしそうなお弁当だった。

「はやく支度やっちゃいな。お弁当の残りがあるよ?」

お姉ちゃんがそう言った。

「お弁当の残りあるの?!」

私はすばやく布団から抜け出し、トイレに行って、顔を洗って、歯を磨いて、制服に着替えた。

お弁当の残りを食べながら、私は今日のお弁当を眺めた。

「ほんとに、おいしそう、、」

私はポツリとつぶやいた。

「そんなに喜んでくれるなんて、お父さんも嬉しいな。頑張ってよかったよ」

お父さんは本当にうれしそうな表情をしている。お父さんのこんな表情を見たのは何年振りだろうか。

「おいしく、仲良く、お友達と食べてきなさい」

それだけ言ってお父さんは仕事に出かけて行った。



お父さんがついた嘘に気づいたのはそれから数年が経ったときだった



ピピピピピピ、ピピピピピピ、、


「あ、お姉ちゃんおはよう。今日はいたんだ」

「ん、これからバイトだけどね」

「そっか」

「はやく起きなね」

私は重たい身体を起こす。

「じゃ、行ってくるわ。おばあちゃんも行ってきます」

お姉ちゃんがバタバタと足早に玄関に向かう。

「いってらっしゃい」

「モモちゃん、気を付けるのよ。いってらっしゃい」

おばあちゃんは台所から出てタオルで手をふきながら、お姉ちゃんを玄関まで見送る。

「ほら、ハナちゃんも起きて、学校行くのよ。おばあちゃん、お弁当作ってんだから」

「はーい」


私は、今日もお父さんの遺影の前に座った。起きて、まず始めにすることだった。

泣いたらダメだって分かっているのに、涙が頬を伝う。

心配かけたくないから、泣いたらきっとお父さんに心配かけちゃうから。

「お父さん、なんで言ってくれなかったのかな。なんで、病気にかかってるって言ってくれなかったの?」

私は涙をせき止めて、チーンチーンと鳴らす。

そして、目をつむって願う。

私の気持ちがお父さんに届きますように、と。

「お父さん、大好きだよ。今もずっと。あっ、そうだ。今日ね夢を見たんだ。小学生のときのお弁当の日の。お弁当おいしそうだったな。もう一度お父さんのお弁当食べたいよ。あの時の私、本当に幸せそうだった。ううん、幸せだった」





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幸せ 桐崎りん @kirins

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