第2話 屋上の祠
いや、自然現象というのは、本当にそれが正しいのかどうか分からない。定期的に起こることではあり、それまでは、本当に自然現象だったのだろうが、
「今回ばかりは、そうとはいえないのではないか?」
と言われているが、そのことを決して口にしないのは、これが、国際問題になったりする可能性もあるからなのだろうが、それ以前に、すでに全世界に広がってしまっていて、元々の原因を探る余裕など、世界全体になかったのが、曖昧にされてしまった最大の理由だったのだろう。
というのは、
「世界的なパンデミックの発生」
が問題だったのだ。
数年前、突如として、現れた謎のウイルス、あっという間に世界各国で蔓延してしまった。
日本政府は、バカの集まりなのか、最初から、
「その国による細菌兵器培養説」
があったにも関わらず、その国からの入国を相変わらず受け入れていた。
先進国では、その国以外の他国からも、入国制限を行い、ウイルスに感染した人を、隔離するという、
「伝染病マニュアル」
に沿って、行動していたにも関わらず、日本では相変わらず、水際対策がザルとなってしまい、悪戯に感染者を増やし、社会不安を巻き起こした。
第一波こそ、そこまで感染者が多くなかったので、最初は国民も、
「そんなに大げさにする必要はないのでは?」
ということで、マスクすらする人はすくなかったが、ニュースで死者の数が報道されていき、その中で、有名なコメであんの人がウイルスに罹って死んだということが
報道されると、それまでと、手のひらを返したかのように、皆慌て出したのだった。
しかも、2人、3人と、どんどん、聞いたことのある芸能人が死んでいく。それを聞いた時、世間は震え上がったのだ。
しかも、政府がいきなり、
「全国の小中学校と休校にする」
と言い出したのだから、それまで無関心だった人も、どんどん気にするようになり、いろいろな社会問題を引き起こした。
まずは、マスクの世界的な不足であった。
何といっても、マスクの生産は、
「この伝染病の発症の地」
である国が、一番の生産国であるということで、結果、生産が追い付かず、世界的に手に入らなくなっていたのだ。
しかも、専門家の発表によって、
「布マスクは、ほとんど効果がなく、使い捨ての不織布マスクが有効だ」
と言われたものだから、余計に需要が増えたのであって、どうしようもなくなったのだ。
そんな状態に輪を掛けて、当時のソーリが、
「マスク不足を補うため」
ということで、布マスクを、自分の
「お友達」
である、聞いたこともない企業に発注を掛けて、それを作らせ、全国に、
「一家に2枚」
を配布すると言い出したのだ。
しかも、そのマスクの評判は、
「小さくて、使い物にならない」
ということで、結果、世間から、
「税金の無駄遣い」
と言われ、マスゴミからも、かなり叩かれていたようだ。
さらに、追い打ちをかけるように、今度は、皆に、
「ステイホームを呼び掛ける」
という理由で、ネット配信動画を作成した。
といっても、それは、
「有名アーチストとのコラボ」
という形であったのだが、実際に制作した有名アーチストは、
「聞いていない」
ということで、勝手に使われる形になった。
しかも、その内容が、椅子に座って、ペットを抱きながら、コーヒーを飲んでいるというような、実に平和な動画で、
「皆さん、私のように、家でゆっくりしましょう」
とでも言いたげな、映像だった。
それを見た国民が、
「お前はどこぞの貴族化?」
であったり、
「お前が家でゆっくりしていて、そうすんだ。こうしている間にも、人がバタバタと死んでいるんだぞ」
という批判を浴びることになり、この政策も企画倒れというところだった。
「よくもまあ、こんな奴が、国の代表で、恥ずかしくないのか?」
ということなのだろう。
結局、最期は2度目の、
「病気ということにして、入院し、病院に逃げ込む」
という常套手段を使い、さっさとソーリを辞めたのだが。その後のソーリは、また、それに輪をかけたひどい奴がなったものだった。
今度のソーリは、第2波が収まった頃に、経済復興の切り札として、キャンペーンをぶちまけたが、それも、専門家から、
「時期尚早ではないか」
と言われていたにも関わらず、行った結果が、第3波を巻き起こすことになった。
2度目の緊急事態宣言を発令し、国民の自由を奪ったのである。
しかも、この男の罪はもっと深かった。
翌年には、1年延期した国内開催のオリンピックを、強行するという暴挙に走ったのだ。
世界オリンピック委員会の金の亡者の連中の言いなりになって、
「私が、オリンピック開催の時の総理大臣だったんだ」
という名前を刻みたいがために、国民を犠牲にしてもかまわないというほどのやり方に、国民は、
「オリンピック反対」
という声を挙げて、国は、真っ二つに割れてしまっていた。
オリンピック賛成派も、反対派もそれぞれに意見があるようだったが、当のソーリは、何も考えることなく、ただ、
「安心安全」
という言葉だけを口にしていた。
誰が信じるというのか。
さらに、伝染病以外のところでも、問題が山積していて、伝染病がなくても、
「かなりケチのついたオリンピック」
ということで、汚名だらけの大会だったのだ。
そんな状態において、誰がもうソーリや政府のいうことを聞くというのか。
何しろ、オリンピックも不祥事続きだった。
スタッフの芸術家が、かつて苛めをしていて、しかもそれをかつて、武勇伝のように、週刊誌のインタビューに答えていたなどというのが発覚し、急遽クビになったり、差別的なことをしていたりした人がいたりで、数年も経ってしまうと、細かいことまでは覚えていないが、一つでも大問題なのに、
「よくもまあ、あんな短い期間に、あれだけの情けないと思えるようなことが起こったものだよな」
と言われても仕方のないことだった。
とにかく、数年はそんな情痴、国家のポンコツが顕著であった。
「有事の際には、支持率は上がる」
と言われた政権アンケートも、全世界が数か国しかない、
「支持率低下」
の国家として、赤っ恥を晒した国だったわけで、
「ひょっとすると、あのパンデミックを境に、この国は、内部(政府)から、壊れていくのではないか?」
と言われるようになったのだった。
最初の2年間くらいは、この伝染病のことで、世界が混乱し、経済が停滞してしまった。
さらに悪いことに、今度は、他国で戦争が起こり、よせばいいのに、今度は、戦争をしている一方の国に肩入れをし、経済精製を課したりすることで、日本の経済を困窮させてしまった。
今はまだ、報復がないからいいのだが、戦争をしていない国は、基本は中立でなければいけないのだから、片方に加勢するということは、もう一方の敵国になることで、そんなことも分からない政府だったのだ。
どうせ、支持率が低下してきたから、
「人道のために、支援する」
といえば、支持率が上がるだろうという浅はかな考えのものだろうが、そのうちにバカな国民も、自分たちの生活が先ゆかなくなれば分かるだろう。
食糧が配給制などにでもなれば、それでも、
「人道支援が優先だ」
などと、悠長なことを言っていられるのだろうか?
「こんなことになったのは、政府が税金を使って、片方に加勢したからだ」
といって、暴動にもなりかねない。
国民は、
「どの口がいう」
ということなのだろうが、政府も、この抗議は完全に、自業自得である。
国民生活がまともにいかずに、政府が瓦解する姿が目に浮かぶ。
かといって、野党もロクなものではないので、政権交代が起こるわけもなく、同じ政党内で、
「首のすげ替え」
が行われるだけである。
そんな政治の混乱において、一体何が起こるのか? ある意味何が起こっても不思議はないということである。
それを思うと、現在の政府がいかに、
「お花畑」
な発想であるかということだが、国民にも批判をする資格はない。
自分が苦しまなければ、痛みは分からないという、当たり前のことだからである。
そんな時代に突入すると、本当に会社でも何が起こるか分からない。
鈴村が勤めている会社でも、水面下で、リストラ候補がいるという。
「バブルが弾けた頃に言われ出した、リストラという言葉、もう感覚がマヒしてきたな」
と、上司は言っていた。
「というと、どういうことですか?」
「あの頃は、まだ会社もいろいろと足掻いていたよね。企業の合併だったり、事業縮小、いろいろあったけど、今の時代は、そんなことをしても無理なんだ。できることはすでに先手先手で行われていて、にっちもさっちもいかなくなってきているんじゃないかな? そうなると、後は、会社が倒産するだけ、失業者が溢れてくるだろうな。今はまだハッキリとは見えていないけど、ちょっと考えれば分かることさ」
というのだった。
さらに上司は続ける。
「ここ数年の政府の対応は、すべてが後手後手に回っていて、政策を取っているように見えているけど、却って、首を絞めているようなものさ。国民もそのことを分かっていない。パンデミックの時はある程度分かっていただろうけど、何しろ皆が未知の世界だっただけに、どうすることもできなかった。だけど、今回の戦争に関しては、分かり切っているじゃないか。戦争をしていう場合、誰がどう考えたって、中立なんだよ。何のために宣戦布告をすると思っているんだ」
というではないか。
「何のために宣戦布告をするんですか?」
と聞くと、上司は少し呆れたような顔をして、
「そんなことは決まっているじゃないか。第三国がどうするかを表明するためさ。何も戦争をするのに、別に相手に戦争をしかけることをどうして宣言しないといけないんだ? 日本の昔の戦だって、中世から近世の、植民地の時代だって、宣戦布告なんかなかったじゃないか。相手国の混乱に乗じて入り込んで、そこで、その国を征服するなんてやり方をしていたじゃないか。もっとも、それではダメだからということで、戦争に関しての国際法のようなものができたのだろうけど、基本的に、戦争をするのは、他の国に、どうするかを促すためなんだ。そのいい例が、第一次大戦だったんじゃないかな?」
と、いう。
「どういうことですか?」
と聞くと、
「あの大戦は、ちょうど、ヨーロッパでは、民族主義のような形で、特に一つの国に、たくさんの民族がいるという、多民族国家が結構あったんだ。そのために、国内が混乱したり、さらに、日本と違って、まわりを他国と接しているために、結局、さらに混乱する。 そのために、一触即発な状態での緊張感が続くので、国防のために、まわりの国と、同盟を結んでいたりしたんだよね? つまりは、同盟を結んだ国の間で、どこかの国が攻められたり戦闘状態に陥れば、他の国は、その相手国に宣戦布告をするという同盟なんだよ。そんな同盟が、いくつも存在していたから、一か所で戦争になると、同盟を結んでいる国が次々に参戦して、あっという間に世界大戦になったというわけさ」
というではないか。
話の理屈はよく分かった。しかし、実際に経験したわけでもないし、歴史の勉強は、その時代のその事件だけを知ったとしても、その前後が分からないと、本当の理解はできない。
となると、その前後を勉強しても、さらにまた、その前後を勉強しないと分からないというような、いわゆる、
「逆マトリョシカ現象」
とでもいえばいいのか、どんどん、人形を開けていくと小さくなるというわけではなく、どんどん、まわりを固めていくことで、次第に大きくなるような、そんな感覚であった。
「そういう意味では、今の社会も、この時に似ているのかも知れないな」
と上司がいうので、
「どういうことですか?」
と聞くと、
「だって、昔の同盟が、今の会社の吸収合併のような気がいないかい? 小さなところは、どんどん。バックの大きなところに委ねる形で、そして、大きなところは守ってやるかわりに、その会社の顧客などを回してもらうような形といえばいいのか」
というのだった。
「何となく分かりにくいですめ」
というと、
「そうだね、歴史的に言うと、中世の封建制度に似たところがあるのかも知れないな。上下関係はハッキリしているんだけど、双方にそれぞれの利点がある。つまりは、土地を守ってもらう代わりに、戦争の時は、真っ先に兵を出すというような、主従関係だね。それが平衡が取れている間は、うまく行くんじゃないかな?」
と、上司は言った。
「じゃあ、今はどうなんですかね?」
と聞くと、
「バブルが弾けてからこっち、社会の成り立ちが完全に変わってしまって、今では、先手先手で対応しているから、逆に伸びしろがない状態なのさ。だから、これ以上緊張してしまうと、今度は、バブルではないものが弾ける形になるので、どうなってしまうのか、想像がつかないと思うんだ」
という。
「難しいですよね?」
と鈴村がいうと、
「一つ気になることがあるんだが」
「どういうことですか?」
「あまりにも、緊張の糸が、最初からピンと張っていると、それが弾けた時というのは、いろいろなところに飛び散って、拡散する形になると思うんだ。それが一気にだったらいいのだが、いや、それもいいとは言えないが。時間差で来ると、いつ終わりがくるか分からないだろう? 終わりが来ているのに、終わったと思わず、何もできずにいたり、逆に終わりがきていないのに、終わったと思って先走ると、もっと自体を最悪にしてしまうだろう」
というではないか。
「そんなものですかね?」
と、少し他人事のようにいうと、
「そりゃあ、誰にも分からないことだからな。でも、理屈からいうとそうなんだ。第一次大戦の時を思い起こすように、その時代に注目すればするほど、まわりに向けての目がどんどん広くなってくる。膨張するといってもいいだろう。しかも、それは、限界がない。限りなく広がっていくのを思うと、今の時代にも言えることで、どこで収めればいいのかが分からないと、ちょうどいい時期を見定めることができなくなって。身動きが取れなくなる。それが、今の時代の混乱なのではないかと思うんだ」
というのであった。
上司のその言葉通りに、会社は徐々に混乱を始めた。
その原因は、世間が、騒ぎ始めたからだ。これは、鈴村も想像していたことであったが、何と言っても、
「物が入ってこない」
「物価が上がる一方で、給料は変わらない」
という状態の、ハイパーインフレに近い方氏になってきた。
しかも、
「そのうちに、戦時中のような、配給制度になるぞ」
という話であったり、
「戦争の片方の国に加担しすぎて、今度は我が国が攻め込まれる」
などという話が舞い込んでくると、国民は大混乱のパニックに陥ってしまった。
それも、これも、マスゴミが必要以上に煽るからだった。
最初は、戦争をしている国を支援するのを後押しするかのような記事ばかりで、しかも、その相手国を完全に悪者にして、世間を煽っていた。
しかも、この混乱においても、さらに不安を煽って、
「一体、国民をどのようにい洗脳しようとでもいうのか?」
といいたいほどであった。
そもそもが、政府の軽はずみな行動が引き起こしたことだった。
一つの偽善が、次の偽善を生み、偽善で偽善を覆い隠さないと、どうすることもできなくなり、
「逆マトリョーシカ」
を、悪い方に拡大させる形で、爆発したのが、今のこの混乱であった。
それこそ、
「負のスパイラル」
といってもいいのではないだろうか?
スパイラルというのは、
「螺旋階段」
という意味もあるようで、まるで、きりもみでもしているように回転しながら、どんどん落ちていくという感覚であろうか?
しかも、きりもみするということは、まわりの空気も巻き込み、吸い込んでいくという形になるので、落ちていくにしたがって、まわりに広がっていくといってもいいのではないだろうか?
そんなことを考えていると、
「次第に、まわりに影響がどんどん及んでいく」
という風に感じられた。
いい方に伝わっていくのであればいいのだが、今の状況の中に、一粒でも、いいというものが存在しているであろうか?
どんどん、広がっていくのは、悪い方にである。
「下に落ちていくにしたがって、逆放物線とでもいえばいいのか、広がりが激しくなる。反比例のグラフのようだ」
と感じていた。
さらに、
「爆弾によくきのこ雲の下の部分」
という、少し過激な発想も生まれた。
だが、今の世の中では、それくらいのことは、別に大したことではないほど、混乱していた。下手をすれば、一触即発の国もいくつかあるようで、それこそ、
「第三次世界大戦」
ということになりかねない。
そうなると、
「世界の滅亡も視野に入れなければいけない」
ということになる。
「第一次大戦で、塹壕戦からの、戦車や毒ガスの開発、航空機や、潜水艦の発明など、大量殺戮の基礎ができた。第二次大戦では、絨毯爆撃などの無差別爆撃、民間人の殺害などという、本当の大量殺戮に繋がり、最期には、核兵器の開発だった。今度世界大戦が起これば、今度こそ、地球の崩壊を意味するものとなる。第二次大戦で、すでに、人類は人類滅亡のパンドラの匣を開けてしまったからである」
と、鈴村は真剣に考えている。
そういう意味での今の混乱は、
「人類滅亡への序曲なのではないか?」
と考えられる。
要するに、世の中が、混乱してくることで、何が起こっても不思議ではない中で、
「負のスパイラル」
が、進行しているということであろう。
そういえば、鈴村の会社は、自社ビルというわけではなかったが、以前から、よく屋上で食事をすることが多くなった。屋上にはベンチがあり、そこで、ゆっくりと食べられるからだ。
「誰も来ないな」
と思っていたが、一つには、
「この場所を知っている人が少ないのではないか?」
ということであった。
なぜなら、雑居ビルということもあってのことであるし、エレベータも屋上まであるわけではなく、一階下で停まるのである。
屋上まで一階とはいえ、階段で上がらなければいけないのは、嫌ではないだろうか?
確かに言われてみれば、屋上まで行って、何があるというのか?
ということであったが、実際に行ってみると、思ったよりも広く、誰もいないだけに、隠れ家のような気分になれ、何よりも、一人で瞑想にふけることができるのが、嬉しかったのだ。
屋上まで行くと、最初は気づかなかったのだが、奥の方に、祠があった。そこには、何が祀ってあるのか分からないが、小さいが、真っ赤な鳥居のようなものがあった。
当然何かを祀っているのだろうが、ここは、雑居ビルである。いろいろな会社が出たり入ったりしているだろうから、会社がらみではないのかも知れない。
そんなところに、ある日、一人の老人がいたことがあった。
「おじさんは、ここのビルに入っている会社の人ですか?」
と聞いてみると、
「いいや」
と答えるではないか。
「ここに祠があるみたいなんだけど、おじさんは、どうしてここに祠があるのか、知っているの?」
と聞くと、
「ああ、ここね、以前、ここで自殺した人がいたので、その供養のためなんじゃないかな?」
というではないか?
「自殺ですか? ということは、ここから飛び降りたんでしょうか?」
と聞くと、
「そう聞いているけどね。でも、飛び降りる時の感情が、この屋上から下を見た時に感じられるんだよ。何か吸い込まれるような気がしてね」
という。
「そんな怖いこと言わないでくださいよ」
鈴村は、高所恐怖症であった。
下を見れば見るほどに、意識が薄れていって、顔色が真っ白になっているらしい。過去に、どこかから落ちたというような記憶もないのに、一体どうしたことなんだろうか?
「その自殺をした人もね。君と同じように、怖い怖いって言っていたのさ。ここから下を覗くのがね。でもその人は、この場所で、前にも自殺をした人がいるんじゃないかって言い出したんだよ。実際にそんなことはなかったはずだったのにね」
というではないか。
「じゃあ、その人のために、この祠を作ったんですか?」
と聞くと、
「いいや、そういうことではなく、この祠は、元々このビルを建てる時からあったみたいで、地鎮祭の時に、神主が話す中で、
「この祠を壊すことは危険すぎるので、屋上を作って、そこに移せば、呪いとかがなくて、うまくいく」
と言われたという。
「でも、結局自殺をする人が出たんでしょう?」
というと、
「それはその通りなのだが、その人は死ぬことで、救われたのではないかという考えもできたんだ。借金で首が回らない。家族は崩壊。会社からは、いろいろな責任を背負わされ、一人のせいにされて、結局自殺ということになった。このまま生きていても、ロクなことにならなかったのは間違いないことなんだよ」
とその人はいった。
鈴村は少し疑問を感じていた。
「この人、よくここまで分かるな? まるで死んだ人が乗り移っているかのようじゃないか?」
ということであった。
「まるで見てきたことのように聞こえますけど」
と聞くと、男はそれに答えず、
「ここから飛び降りると痛いんでしょうね? 飛び降りる時、何を考えたんでしょうか? どっちに落ちれば、どんな形で落ちれば、痛くないとか、考えたんでしょうね?」
といって笑うのだった。
その顔があまりにも気持ち悪くて、本当なら、もう屋上になど来たくないと思いながら、ある一定期間、この屋上に来ていた。期間としては、三か月くらいだったか、そのうちに来ることはなくなったのだが、なぜあの時の三か月間が存在したのか、今では覚えていないのだった。
だが、その間に、その人と一度も会うことはなかった、どこの誰かも分からないまま、季節は過ぎていたのだった。
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