壊章「時の終わりで君を待つ」

0:優しい終焉

 『わたし』は、見ていた。見ていることしかできなかった。


 倒れ伏した双子。その流れた血の赤さに、思わず悲鳴を飲み込んだ。目を逸らしたところで、彼らが最悪の結末を迎えたことは——結局、わたしがしたことは何だったのか。


「どうして」


 声が震えた。泣くこともできず、わたしは地面に膝をついた。時が凍った世界でも、心が動きを止めることはない。わたしは震えた。自分の選択が誤りだったのだと、思い知る。


「こんな結末……どうして……! 結局、わたしは二人の運命を歪めただけだったのか……!」

「枝葉を変えたところで、根本が変わらない限り。……運命は変わらないということだな」


 少年が傍に立ち、生き絶えた双子を見つめた。命の消えた二人は、名前の違いもなく『同じもの』として眠っている。まるでそれが彼らにとって最良の結末であったかのような、静かな死に顔。


「虚しいことだな、銀葉。……こいつらは……どうあってもこうなるしかないんだ」

「そんなこと……! 何が、いけなかったんだ……? この二人の運命がこれしかないなんて、そんなの」


 そんなのは、あんまりだ。酷すぎる、これは本当にあんまりだった。暗闇の中で、双子の——エンジュの姿が消えて行く。彼らは苦しんでいた。なのにわたしはどちらも死なせてしまった。


 二人の姿が時の暗闇に溶けて消える。気づけば、温かい雫が頰を伝っていた。何に対しての涙なのか、自分でもわからない。ただ、悲しかった。そして、悔しかった。わたしは、彼らの苦しみを深めただけだった。


 一度目の死は、まだ受け止められた。まだわたしでも出来ることがあるのだと、そう信じることで痛みを誤魔化せた。けれど、今回は——駄目だ。こんなのは耐えられない。


「辛いのなら、やめるか」


 わたしのそばに腰を下ろし、少年は暗闇を見つめる。一度は薄れたはずの闇は、二度と拭えぬほどに深く変わっていた。わたしはうつむいたまま、両手を握りしめる。諦めるのなら、彼らはこの時の先で本当に死んで行くのだ。


「だが、それがあいつら本来の運命だ」


 そうなのだろうか。冷たい暗闇に視線を落とし、思う。結局、あがいたところで運命は同じ帰結を辿るのだろうか。ならばあがくことに意味はない。わたしのしたことは無意味だった。


「そうだ。だが、お前はそれを選んだんだろう? 時の果実は、残り二つ……もう、諦めるか」

「……。……エルンストには……わたしの声が届かなかった。一瞬だけでも介入出来たのは、彼が無意識にためらったせいだ。もし、果実を使ってエンジュの中に宿ったとしても、今の彼にはわたしの声は聞こえないだろう」


 少年の言葉に、わたしはそう返した。何度叫んでも、エルンストにはわたしの声が聞こえなかった。それほどまでに彼の世界は、ひとりきりの闇に閉ざされていた。


 だからきっと、片割れであるエンジュも同じように閉ざされているはずだ。彼らは双子であること以上に、深い部分で繋がっている。まるで同じものであるかのように、互いに影響し合う。


 今の彼に声が届かないのなら、わたしが宿る意義はないに等しい。足元に視線を落としたまま動かないでいると、すぐ横で少年がため息をついた。


「なら『今』でなければいいのか」

「どういう、意味?」

「言葉の通りだ。……彼らの『悲劇』の始まりが。お前はとっくに気づいていると思っていたけどな」


 少年の口調は皮肉に満ちていた。しかしわたしは、告げられた意味に気づいて顔を上げる。隣を見れば、少年は肩をすくめた。どうしようもない、そう言わんばかりの態度に目が醒める。


 つまり二人の結末は、過去に起こった『その出来事』から始まっている。彼らがすれ違った原因。それが双子が入れ替わったことなのだとすれば——


「……エンジュ。まだ、彼がだった頃に戻れば」


 少年はフードの下からこちらを見た。無言の視線に強く頷くと、わたしは再び立ち上がる。


 時の暗闇はまだ深く、先を見通すことも難しい。けれどそれでも、まだ終わりではない。わたしは前を向き、闇に向かって一歩踏み出した。足元に光はない。だが、それがどうしたというのだろう?


「行くのか、始まりである時間へ」


 少年はわたしを見上げ、感情のない声で呟いた。それに再び頷くと、わたしは手の中に残った二つの果実の一つを掲げ、告げる。


「行くよ。……これで、最後にする。して、みせる」

「そうか」


 暗闇の中で、時の果実が光を放つ。少年は音もなく立ち上がり、天上を見上げた。そこには何もない。しかし彼はそこに何かが見えているかのように、そっと手を伸ばす。


「忘れるなよ、銀葉。これはだ」


 彼の手は何も掴まない。遠ざかって行く世界の暗闇。光と闇の境界線上に立ちながら、彼は、夢見るように両手を抱きしめた。


「忘れるな。その運命は、お前がための——」


 光が奔流と化し、わたしを遠くへと運んで行く。

 誰でもない、君の世界。かつて失われてしまった場所に、わたしは戻っていく。

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