10.ギフト


 REDは気を強く持って、シラを切り通すことにした。


「ええと、パン屋の末っ子が地方でパンを売っているとして……それがなんなの? ぶ、舞踏会の話をしてたのに、話題がそれたみたいだけど?」


 流れをぶった切って全然別の話題を持ち出すのは、人と会話をする場面では、マナー違反だからね。REDは『そういうの、気をつけたほうがいいよ』という思いを込めて、先の指摘をした。ところが。


「まぁ聞きなよ、RED。――あのパン屋が地方で有名なのだとしたら、その関係で、舞踏会に呼ばれることもあるかもしれないよ? 話題のパン屋さんをご招待、って」


 なるほどー、REDは感心した。


 実際には、そんなことはどう考えてもありえない。けれど王様がそういう理由で舞踏会を開き、パン屋の娘が出席できるようにしてくれるのか……。


 想定していたよりもスムーズに実現しそうだ。


 REDは上機嫌になり、ネズミ足をモジモジと交差させながら、


「それってすごいね。うん、そうなったら、ほんとすごいや……」


「そのうちに、パン屋に招待状が届くかもね」


「う、うん、楽しみに待つことにするわー」


 へへ、とREDがにやけると、王様が小首を傾げてそれを見つめる。


 王様の柔らかな視線には、彼自身の幸せな気持ちも滲んでいるかのようだ。


 一緒にいるREDは心がほんわかしてきた。


 それで不思議なことに、またお腹の上のあたりが、きゅうっと痛くなってしまったのだ。




   * * *




 舞踏会当日。


 REDは長い赤毛を後ろでひと括りにし、家の中をバタバタと駆け回っていた。


「やっぱり、イヤリングはパールがいいかも! お姉ちゃん、そのまま待っていて! そのままね――髪、まだ途中だからね――いじっちゃだめだからね!」


 興奮で頬を赤く染め、支度部屋を飛び出して行くRED。


 彼女は母の衣裳部屋からパールのイヤリングを借りて、すぐに戻って来た。


「こっち! 絶対、正解はこっちだね!」


 一生懸命になっている妹を眺め、イエローゴールドのドレスを着た姉は、困ったような笑みを浮かべる。


「ねぇ、RED……今からでも間に合うわ。あなたも舞踏会に出るための支度をしましょうよ」


「いやいや、無理無理。絶対無理。私はほかに用があるし。お姉ちゃんを送ったら、そっちに行かないとだめだし」


 本当は用なんてない。姉もそれを見抜いているのだろう――妹を心配そうに見つめて続ける。


「でも、私たちは姉妹で招待されたのよ? 招待状を送ってくださったのは、地方で成功されている方なんですって。――あなた、その方を知っている?」


「し……知らない」


 REDはフルフルと首を横に振ってみせた。


 さすがに王様の名前で、パン屋の娘を舞踏会に招くことはできない。だから『裕福な実業家』ということにして、招待状を送ってくれたらしい。王様は当然その設定通りの『仮の姿』で舞踏会に現れるだろう。


 ――悪くない、とREDは思う。


 姉も商売人の娘だ。招待してくれた礼を言いつつ、『商売あるある』なんかを語って、場を明るく盛り上げるはずだ。王様は商売人ではないけれど、頭の良い人だから、上手く話を合わせるだろう。


 そして意気投合したふたりが、舞踏会でダンスを踊る。


 いいじゃない! REDの頬が緩む。


 これを成功させるために、自分にできることはすべてした。


 我が家は平民であるけれど、地方でパンをたくさん売り、REDの便利屋も繁盛しているので、お金だけはたんまり持っている。


 これまでに稼いだお金で最先端のドレスを買い、靴、髪飾りなど、すべてをREDが揃えた。


 姉は「こんなに高いドレスは、自分にはもったいない」と断ってきたのだけれど、REDは「この素敵なドレスは、お姉ちゃんに着てもらえないかったら悲しいと思うよ!」と言って強く勧めた。


 安い普段着でも十分に美しい姉が、高価なドレスを身にまとうと、女神様のように神々しく見えて、REDは言葉を失った。


 ジン……と鼻の奥に熱いものが込み上げてきて、困った。


 ああ、よかった……心の底からそう思えた。こんな日がやって来るなんて、私はものすごくラッキーだな。


 ずっと商売を頑張ってきて、よかった。毎日、地道にコツコツやってきたからこそ、大好きなお姉ちゃんに素敵なドレスを買うことができたんだもの。




   * * *




 REDは通りに出ると、移動用絨毯の埃をはたいて綺麗に整え、うやうやしく姉を支えてそこに乗せた。


 そして自分はネズミの姿に変化して、絨毯の先頭に飛び乗る。


「行くぜ、お姫様!」


 変な癖なんだけれど、なんとなくネズミになると男言葉になってしまう。


 ネズミになると体が身軽になるので、それに合わせて心が解放されるのかもしれない。


 REDの本質は、お調子者で、ちょっと生意気で、ワンパクなのだ。


 ちょこんとあぐらをかいて後ろを振り返ると、姉がにこにこと微笑んでくれる。


「なんて可愛いらしいネズミさんかしら。ではよろしくお願いしますね」


「任せとけ! 安全運転で、ぶっ飛ばして行くからな」


 REDは美しい姉に優しく話しかけられたことで、舞い上がって意味不明なことを口走ってから、照れくさそうに前を向いた。


「安全運転で」の宣言通り、慎重に魔力をコントロールしながら、絨毯の高度を上げていく。


 動き始めてしまえば安定するんだけど、出発時は慎重にいかないと。


 ドレスだと夜風は寒いだろうと思ったので、絨毯の周りをドーム状に囲うようにシールドを張る。空間を区切らないと、髪が乱れちゃうしね。


 滑らかに前進を始めた絨毯は、やがて速度を増し――……


 ふたりを乗せた赤い絨毯は、星が輝く夜空を突っ切り、ものすごいスピードで飛んで行く。


 町の灯が眼下で瞬いていた。


「綺麗……」


 うっとりと姉が呟くのを耳にして、REDはネズミヒゲをヒクヒクさせて喜んだ。


 こんな時に、魔法を使えることに心から感謝する。


 大好きな人を一時でも幸せにすることができたなら、皆にどんなに嫌われようとも、この力は神様からの贈りものなのだと、素直に喜ばしく思えるのだ。

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