9.すごい作戦を思いついた!
そろそろ劇的な刺激が欲しいところ。
REDは眠る前に、今後の計画を立てた。
それは王様と姉の関係を進展させる計画だ。
王様にはうちの美味しいパンを与え、胃袋はがっちりと掴まえてある。しかし王様と姉は『REDと一緒にいる灰色ネズミと、パン屋の娘』としてしか会ったことがない。人間の格好ではまだ会話すらしていないのだ。
こんなことをしていたら無駄に年月だけが経過してしまう。ふたりを急接近させるには、ふさわしい舞台を用意しければならない。流れに身を任せているだけじゃ、恋の奇跡なんて起こらないのだ。
自分自身は恋をしたこともないくせに、お節介にも、あれこれ考えを巡らせるRED。
一晩寝ずに脳みそをフル回転させた結果、空が白み始めた頃に、REDは素晴らしいアイディアを閃いた!
「これだ! ――題して、『舞踏会で会いましょう』大作戦!」
REDは寝間着のまま部屋の中をぐるぐると歩き回りながら、ひとり満足げな笑みを浮かべた。
* * *
ジャガイモの入った木箱の上が、ふたり(二匹)の待ち合わせ場所になっている。
箱のふちに腰かけて、ネズミのモコモコ足をプラプラ揺らしながら待っていたREDは、灰色ネズミが通りの角からひょっこり現れたのを確認した。
REDは目を輝かせ、箱の上にシュタッと二本足で立ち上がった。
「よく来たな、陛下! 待っていたぞ!」
この元気いっぱいな声に、王様は少し手前でピタリと足を止める。王様は軽く眉間に皴を寄せてから、警戒した様子で木箱に飛び乗って来た。
「ええと……やぁRED。なんだろう、ちょっと嫌な予感がするんだけど」
「馬鹿者! 何が『嫌な予感』だ! 後ろ向きなことを言ってんじゃねえ! ピンチはチャンス! 運命は自分で切り開くもんなんだぜ、覚えとけ!」
REDは計画通りに進めようとする焦りが強すぎて、今日はいつも以上に、ウザくて偉そうなキャラになってしまっていた。
しかし王様は人間ができているので、腹を立てることもなく、ポンポン、と赤茶ネズミの肩を優しく叩いてやった。
「なるほど、分かったよ。話があるならちゃんと聞くから、とりあえず座ろうか?」
「お、おう……そ、そうだな……」
REDは言われるままに腰を下ろし、素早く考えを巡らせる。
が、頑張らないと……さりげなく会話を誘導するのだ。
大事なのは『さりげなく』という点だ。こちらが複雑な計画を立てていることを、王様にはバレないようにしないと。
ネズミお手々をグーパーして緊張をほぐす。そしてネズミヒゲをピクピク動かしながら、REDは上ずった声でハミングを始めた。
「♪ズンチャッチャー、ズンチャッチャー……タラリラリラリー……ラリラー……♪」
すると狙い通り、王様がこれに反応する。
「どうしたの、RED? それって舞踏会で人気の曲だよね」
「あ、あー、分かっちゃったぁ? いや、実はさぁ、最近俺、舞踏会に興味があってさー」
想定していた通りの会話になり、ニマニマが抑えられないRED。
王様がそれを優しい目で眺めていることに、REDのほうはまるで気づいていない。
「REDは舞踏会に行きたいの?」
「そりゃ行きたいさ! ダンスとか大好きだしねー」
姉が着飾ってダンスしているところを見たいんだよ。
すごく綺麗だろうなぁ……。
「ふーん、そうなんだ……」
王様は視線を彷徨わせて、考え込んでしまう。――するとどうだろう。
隣にいるのは、ありふれた灰色ネズミの姿なのに、ものすごく賢くて、特別な存在に感じられる。
……瞳が澄んでいて、綺麗だからかな? 知性の輝きというものは、動物変化でも隠しようがないみたいだ。
王様の横顔を見ていると、なぜかREDはお腹のあたりが苦しくなってきた。
あれ……? ちょっと朝ごはんを食べすぎたかなぁ……REDは小首を傾げる。でもおかしいな。いつもはたくさん食べても、こんなふうにはならないのに、不思議だな……。
しかし今は作戦のほうに集中しなければ。胃もたれかも? なんて弱音を吐いちゃいられない。
REDはブンブンと首を横に振り、おかしな体調不良については考えないことにした。
チラチラと横目で王様の様子を窺いながら、わざとらしい棒読みで喋り始める。
「あっ! ぶ、舞踏会といえば、急に思い出したぁ! 噂で聞いたんだが、パン屋の娘が、舞踏会に行きたがっているらしいんだよ。あの子はいつも俺たちにパンをくれるから、こっちも恩があるだろう? 舞踏会に行かせてやりたいよなー。でも残念なことに、このRED様は、人間の舞踏会の招待状は持っていないもんだからさ? あの娘の願いを叶えてやれないんだ。あ、あーあ……どこかにあの娘を舞踏会に招待してくれそうな、高貴なお方がおらんものかねぇー」
どうよ? これ、すごい自然な流れじゃない? 売れっ子女優も真っ青な演技力じゃない?
王様はパン屋の娘に好感を持っているようだから(※あくまでもREDの感触)、これを聞いたら、何か考えてくれるでしょう。期待しているぜ。
――持っている権力を、えげつないほどフルで使っておくれよ、頼むぜボス。
王様は腕組みをしてしばらくのあいだ空を眺めていたのだが、やがてREDのほうに顔を向けて、改まった調子でこんなことを言ってきた。
「あのパン屋って、地方じゃわりと有名みたいだね。地方は魔法使いに偏見がないから、味が良ければパンは売れる。末っ子が魔法使いだから、かなり離れた場所にもパンを持って行けるのかな」
え、王様、すごい。なんでそんなことを知っているのさ? REDは彼の物知りぶりに、おそれをなした。
「あ、そ、そうなの? へ、へぇ、そうなんだ」
「そうなんだよ」
王様はじーっとREDの目を見つめて言う。
な、なんだよー。その圧かけてくる感じ! なんかそうされるとさ、嘘をついているのが後ろめたくなってくるじゃん! 本当はこちらの狙いも全部知られているんじゃないかと、怖くなってくるよ。
いや、でも、そんなことはありえない……この可愛い赤茶ネズミのRED様が、実は人間で、しかも魔法使いで、パン屋の末っ子だってこと……王様が知っているわけがない。そう……だよね?
冷や汗が出てくる。
REDのネズミ鼻の先が、汗でしっとりと濡れ始めた。
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