8.あの騎士は?
REDは初めて王様に会ったあの日、運命を感じた。
――この人しかいない!
王様の良いところは、すぐにたくさん見つかった。
まず性格が良い。
それから魔法の才能がすごい。
REDとしては、『魔法の実力が、自分よりも上な人』が理想である。
でも私ってなんていうか、天才すぎるもんだから……いるわけないよね、現実に、自分以上の天才なんてさ……ずっとそう思っていた。
けれど王様に出会って、頭の中に祝福の鐘が鳴り響いたのだ。
――奇跡だ! REDは歓喜した。
なるほど、王様かぁ……なんてこった、盲点だったぜ!
姿はネズミバージョンしか知らないが、どうやら王様、イケてるメンズらしいのよ。というのも町では『美しい王様』と皆が褒めていたからね。
ただ、REDとしては、王様の外見が美しくなくてもいいと思っている。
だってそうじゃない? ――中身が良ければ、それが姿形にもにじみ出ると思うのよ。
優しい人は表情や仕草が柔らかいし、たとえ真顔でいても、いい人だっていうのは伝わってくるんじゃないかな。そういう人って、一緒にいてホッとできるよね。
陛下はネズミバージョンでも喋り方が穏やかで品がある――となると、実物の見た目が下品ということはないと思うんだ。
そんなふうに王様の良いところを考えるうちに、REDの決意は固まった。
「彼こそが運命の人だ――結婚相手は王様しかいない!」
REDは握りこぶしを作り、瞳にメラメラと闘志を燃やした。そして続きを叫んだ。
「お姉ちゃんの結婚相手は、王様で決まりだぁ!」
王様なら、義兄として尊敬できる。完璧……!
そう――REDはお節介にも、姉の結婚相手を見つけてやろうと考えていたのである。
このプロジェクトには長いこと取り組んできた。大好きな姉を任せるのだ――相手は立派な人でなければならない。
そして先日、とうとう願いが叶い、理想の義兄候補が現れたのだ! このチャンスは逃せない!
快適グルメライフを送らせて、王様の胃袋をがっちり捕まえてから、アピールを開始。
幸い、王様も姉に興味があるようで、会話に乗ってきた。だからREDはそのたびに姉の良さを熱く語った。
この時ばかりは計算も抜きで、姉の大好きなところを素直に語る。REDにとっては簡単なことだ。
だって王様には姉の良さを知ってほしい。姉を好きになってもらいたかった。
そしてその計画は、REDの感触としては、上手く進んでいるようだった。
ただ一点――ちょっと計算外のこともあって。
王様はどういう訳か、パン屋の常連客である、ひとりの青年騎士のことが気になっているようだ。
うちは『悪魔のパン屋』として皆から嫌われているのだけれど、たったひとりだけ常連客がいる。ほぼ毎日やって来るから、相当な変わり者なのか、もしくは何か狙いがあるのか……。
「あの騎士は、パン屋の娘が好きなのでは?」
と王様が尋ねてきたので、
「とんでもない」
REDはかぶせ気味に答えた。
実際、とんでもない話だった。
だってREDは、あの騎士のことが大嫌いだったから。
* * *
あの騎士は数年前から、うちのパン屋に通うようになった。
REDが地方でパンを売ってくるので、店には客が来なくても困りはしない。けれど完全に閉めてしまうのもなんだから、いつも数個ほどパンは並べておくことにしていた。
それらは夜になるとそのまま回収され、一家の夕食に回される……というのがいつもの流れであったのだが。
ある日、新人らしき騎士が店に入って来た。きっと店の悪い評判を知らずに来てしまったのだろう。
彼はパンをいくつか買って帰った。
そして翌日もまた来た。その翌日も……。
まぁ、うちのパンはとっても美味しいからね。食べてしまえば、また欲しくなる……それは分からなくもないよ。
とはいえ、だ。
皆があれだけボロクソにけなしている店に来て食べものを買うだなんて、ずいぶん呑気なやつだなとREDは思った。
その騎士は清潔感があって整った顔をしているものの、全体的に線が細いし、いかにも軟弱そうだった。なんていうか、騙されやすい、いいとこのお坊ちゃん、て感じ。
念のためREDは騎士の身元を調べることにした。ここまで熱心に毎日来るということは、もしかして店番をしている姉目当てなのか? と疑問に思ったからだ。
――結果、彼は裕福な貿易商の四男坊だということが判明。
ネズミに化けて騎士を追う。彼は普段、騎士専用の寮に住んでいるようだが、その日は貿易商を営む実家に入って行った。
尾行していたREDは窓から中に忍び込み、こっそりと柱を上った。天井の近くに柱と柱のあいだを横につなぐ梁(はり)があり、そこに乗ってしまえば身を隠せる。
騎士は父と面会して、いきなりこんなことを言い出した。
「――パン屋の娘さんと結婚したいと思っています」
これを聞いたREDは驚いてしまった。
え……本気? 急すぎない? あの青年、呑気そうに見えて、意外と行動的だな。
というか、そもそもの話ね……君は姉と恋人同士じゃないよね? 店の人と客――ただそれだけの関係にしか見えなかったよ?
もしかすると店に通ううちに、美しい看板娘である姉のことを、一方的に好きになってしまったのだろうか。
純情男の思い込みは危険だぜ……REDはゴクリと唾を飲み、梁の上からネズミボディーをじりじりと乗り出した。下で繰り広げられている親子の会話に耳を澄ます。
一方通行の愛とはいえ、騎士の実家は大金持ちだ。あちらが強く望んだら、身分差があるから、立場が下の姉は断れないかもしれない。これで結婚が決まっちゃうのか?
REDはハラハラしていた。
しかしその心配は無駄に終わった。なぜかというと、彼の親がバッサリ却下したからだ。
「相手の家族は評判が悪すぎる。客商売をしている当家の息子が、町中の人間から嫌われている一家と縁を結ぶなど、ありえないだろう。お前はなぜそれを考えない」
「彼女のことを愛しています。賢くて、優しくて、素晴らしい女性です。誤解はいずれ解ける――私はそう信じています」
「くだらない。お前の夢見がちな話を聞いているほど、暇じゃないんだ」
「待ってください、私は――」
「お前は実家の後ろ盾(だて)がなくなってもいいのか? 今、騎士の世界で出世しているのは、私がコネを使ってやったからだろう」
上で盗み聞きしていたREDは、『あの騎士、出世していたのか……!』と衝撃を受けた。まだ若いし、偉そうな感じがないので、てっきり騎士の世界では一番下だと思い込んでいた。実家が金持ちだから、そのおかげで偉くなれたのか……。
親が続ける。
「好きな女と結婚したいなら、当家とは縁を切れ。そうしたら今の高い身分は失うことになるがな」
親の要求はシンプルだった。騎士はただ答えればよい――あの素晴らしい女性と結婚できるなら、あなたの助けなどいらない、出世などどうでもいい、と。
ところが。
騎士の出した答えは、期待を裏切るものだった。
「……騎士を続けます」
これを聞いて、REDは奥歯を噛みしめた。
もしも彼に実力があるのなら、実家の後押しがなくても、騎士として立派にやっていけるはずだ。けれど実家から縁を切られるのを、彼がおそれたということは……。
父は息子に、『安定した未来か、愛する女か』どちらか選べと言った。そして彼は選んだ――安定していて、楽ができるほうの道を。
山あり谷ありの人生を歩んできたREDには、まるで理解できない。
壁にぶち当たったら、それをどうやって乗り越えるか、自分で工夫すればいいじゃないか。もう子供じゃないんだぜ……大人なのに、困ったら毎回、親になんとかしてもらう気かよ? 親が自分の後ろにいないと不安なのかよ?
でもまぁいいや……これで姉のことは諦めるだろう。
けれど呆れたことに、翌日も、あの騎士はパン屋にやって来た。
結婚は諦めたけれど、それでも姉には会いたいらしい。
それ以降、REDは騎士を警戒することにした。愛する人より出世を取るようなやつだから、姉に近づいてほしくない。
しかし騎士は店に来ても、姉にグイグイ迫ることもなかった。
店で行儀良く振舞い、毎日パンを買ってくれるのだから、彼は良いお客さんだ。
だからREDは、彼が店にやって来るのは邪魔しないことにした。
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